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未来の会

第111回「日本の医療」を展望する 

第111回「日本の医療」を展望する 

前回に引き続き、今回はシンガポールの医療システムについてさらに深く掘り下げる。特にSingHealthの役割とそのデジタル戦略、国際的な認証制度に焦点を当て、述べていきたい。

シンガポールの医療制度は、公立病院を中心に非常に整備されており、特に医療のデジタル化への取り組みが注目を集めている。

シンガポール最大の医療クラスター

シンガポールには3つの大規模な医療クラスターが存在するが、その中で最も規模が大きく、国民への医療サービスを広範に提供しているのがSingHealthである。

SingHealthは、シンガポール国内の主要な医療施設を数多く運営している。その中には、国内で最も古い病院であるSingapore General Hospital(SGH)、Changi General Hospital、Sengkang General Hospital、KK Women’s and Children’s Hospitalが含まれている。

さらにSingHealthには、専門医療センターであるNational Cancer Centre Singapore、National Heart Centre Singapore、Singapore National Eye Centre、National Neuroscience Instituteなども含まれており、がん治療、心臓病治療、脳神経外科、眼科医療など、幅広い専門分野で高度な医療が提供されている。また、Bright Vision Community HospitalやOutram Community Hospital、Sengkang Community Hospitalといった地域病院、BedokやBukit Merah、Pasir Ris、Punggolなどに診療所を展開し、地域密着型の医療サービスを提供し、国民の医療へのアクセスの充実を図っている。

SingHealth全体では、従業員数3万2829人、SingHealthに含まれる急性期医療病院とポリクリニックの病床数は4841床を有し、稼働率は88.9%と非常に高い。

また、SingHealthは、2030年に開業予定のEastern General Hospitalを含む新たな病院の建設計画も進めており、今後さらに医療体制が強化される見通しである。

シンガポールの医療の中核

総合病院であるSGHは、医療システムにおける中核を担っている。同病院は1821年に設立され、現在1785床のベッドを有し、9888人のスタッフが勤務している。SGHの年間の退院患者数は8万817人、専門外来受診者数は72万4480人に達しており、救急外来を利用した患者は12万8660人、入院および予定手術を受けた患者は9万2228人にのぼる。

SGHは国際的にも高い評価を受けている。NewsweekとStatistaによる世界のベストホスピタルランキング2024で、シンガポール国内第1位、世界では11位にランクインしている。このランキングは、医療の質、患者のケア、技術的なインフラなど、様々な観点から評価されたものであり、SGHがシンガポールの医療を代表する病院として世界的に認められている証である。

シンガポール国内に絞ったベストホスピタルランキングでは、SGHに次いでNational University Hospital(NUH)やTan Tock Seng Hospitalが上位にランクインしている。これに続いて、私立病院であるMount Elizabeth Hospital(Orchard)、Gleneagles Hospitalも高い評価を受けている。シンガポールの医療システムは、公立病院と私立病院が互いに協力し合いながら質の高い医療を提供している形だ。

デジタルファースト:医療の未来を見据えた戦略

SingHealthでは、医療のデジタル化に対する取り組みが非常に進んでおり、シンガポール政府が推進する「デジタルファースト」戦略を積極的に採用している。

これは、ジョセフィン・テオ情報通信大臣の発言に基づく、シンガポール政府の次のような考え方によるものと言える。「While Singapore wants to be digital first because of the innovation potential and productivity angle, a digital only mindset would exclude a lot of people」——すなわち国民全員を取りこぼさないという考え方である。この戦略の根底には、デジタル技術を活用して効率を向上させつつも、物理的な医療体験とのバランスを取る「フィジタル(Phygital)」アプローチがある。フィジタル体験は、物理的な体験に情報を加えることで価値を高めたり、人間のつながりや物理的な強化によってデジタル体験を増強したりすることで、価値を付加する。

ただ、デジタルファーストはシンガポールだけが取り入れている戦略ではない。もう少し幅広く真のデジタルファースト戦略の主要な要素を探ってみると、積極的なデジタル導入へのアプローチと顧客体験の向上に焦点を当てた「心構えの変化」、 メンバーと健康プランとの信頼を深めるために重要で、これにより、人々が行動を起こす強力なオムニチャネル体験が生まれる。また、社会的健康決定要因(SDoH)に起因するケアの障壁を取り除き、過疎地などケアが難しい地域のコミュニティ内で健康の公平性を推進し、結果を改善する「メンバーセントリックな体験」、既存のプロセスを単にデジタル化するだけではなく、AIとITを活用して、メンバーが必要とする場所や時間に合わせて接続する。これにより、メンバーの満足度とエンゲージメントを向上させる「AIによる個人化」、さまざまなソースからの大量の異種で複雑なデータを扱う。これらの情報を統合し、その情報の全体的なポテンシャルを引き出すための「データ統合の課題」が不可欠である。

つまり、デジタルファーストのアプローチは、ITを使って単にデジタルタッチポイントを追加するだけではない。デジタル時代において個人と接続し、理解し、サービスを提供する方法を変革することである。なお、シンガポールでは公立病院自体は、米国のepicの電子カルテに統一していく方針という。

HIMSS認証と国際的な医療基準

シンガポールでは透明性を非常に重視する国の方針があるため、第三者評価を積極的に受け入れている。医療のデジタル化に関しては米国のHIMSS(Healthcare Information and Management Systems Society)の認証が世界的に広く採用されている。HIMSSは、医療情報技術を通じた医療の質の向上を目的とする国際的な非営利組織であり、その認証は世界的に高く評価されている。

HIMSSは、EMRAM(Electronic Medical Record Adoption Model)やO-EMRAM(Outpatient Electronic Medical Record Adoption Model)など、医療機関の電子医療記録の導入状況や成熟度を評価するプログラムを提供しており、これらを基に医療機関の進捗状況を評価している。

シンガポールでも、このHIMSS認証を取得している病院が存在しており、特にNg Teng Fong General Hospital(NTFGH)は2016年にシンガポールで初めてEMRAM Stage 7の認定を受けた。この認定は、病院が全ての患者情報を電子化し、紙の使用を極限まで削減していることを示しており、具体的には以下のような基準がある。

完全電子化の患者情報:患者の全医療情報が電子的に記録され、紙の記録は使用されない。

臨床意思決定支援:診断や治療計画の決定を支援するために、高度な臨床意思決定支援ツールが統合されている。

データ分析と改善:収集されたデータを活用して、患者ケアの質を継続的に分析し、改善する。

SGHを含めたエリアの全景
参考ウェブサイト

https://www.nuh.com.sg/Pages/Home.aspx
https://www.sgh.com.sg
https://www.singhealth.com.sg/
https://corp.nhg.com.sg/Pages/default.aspx
https://www.himss.org/who-we-are/


 

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