知的財産権・のれん・将来キャッシュフロー等を担保とする融資制度
事業性融資が革新する。2022年11月に新しい資本主義実現会議で決定された内容が遂に実現に向けて動いた。岸田政権は新しい資本主義というキャッチフレーズの下で22年をスタートアップ創出元年とした。戦後の創業期に次ぐ、第2の創業ブームを実現するとして数々の施策が公にされた。「事業成長担保権の創設」もその1つであったが企業価値担保権と名称を新たにし、事業性融資推進法が成立した。大体、政府が発表する計画には多くの項目に「取り組む」と明記されるが実現する事は滅多に無く、単なる話題作りである事が多い。だが、「事業成長担保権の創設」は「取り組む」ではなく「関連法案を早期に国会に提出する」とされていた。事業性融資推進法は必ず実現するという強い意志が当初より表れていた。
起業時もしくは成長初期に於いての資金調達方法には投資を受けるという方法が有るが、資本構成に関わる投資よりも融資を希望する事も多い。事業の将来性は有っても融資の担保になる様な資産を保有しておらず、資金調達が難しいという企業は数多く存在する。それはシード期に限らない。研究も開発も将来を仮定して行う事が常である。需給ギャップを埋める設備投資とは違う。新たな需要を生む研究や開発には融資が馴染まず投資を募るケースが多い。将来を見越した価値はリスクに打ち消されて来たのである。投資に頼らざるを得ない資金調達は容易ではない。シード期の企業であれば猶更である。
知的財産権・のれん・将来キャッシュフロー等有形無形問わず企業の総財産が担保の対象となると、事業の将来性を見込んだ融資を受ける事も可能になって来る。土地や不動産等を持たないベンチャーやシード企業にとって大きな後押しとなる。特許・意匠・商標等の知財やノウハウ、開発力等の無形資産を担保提供する事で資金調達が叶うなら新たな事業展開にも繋がる。これ迄も一部の金融機関で無形資産を含めた融資検討は為されていたが、その手法が根付いて広がりを見せる事は無かった。政府が新たな融資スキームを法制化し導入を牽引する事で企業の総資産は飛躍的に拡大し再評価される事が期待出来る。
担保権の対象はノウハウや顧客基盤等無形資産も含む
事業性融資推進法案の具体的な内容を紹介する。目的は、事業者が不動産担保や経営者保証等によらず、事業の実態や将来性に着目した融資を受けやすくする事である。無形資産を含む事業全体を担保とする制度として企業価値担保権が創設される。現行の担保法制では担保権の対象は土地や工場等の有形資産が中心である。不動産担保や個人保証による価値に目が向きがちになっている。貸し手にとっては事業の状況把握が遅れ、改善や再生も後手に回る事が多い。担保権の対象をノウハウや顧客基盤等無形資産を含む事業全体とする事で、経営者保証等に依存せず事業のモニタリングに基づく経営悪化時の早期支援が可能となる。商取引先や労働者、再生局面の貸し手等を保護する事にも繋がる。企業価値担保権の設定は会社の総財産を信託契約し、商業登記簿に登記する事が要件となる信託会社は担保権の優先弁債権を確保する。その為に、金融機関やファンド等は本制度で信託会社となる免許を、簡易的な手続きで交付される事になる。総財産が担保となっても事業の内容を大きく変え担保価値の毀損に繋がらない限り担保目的財産の処分は基本的に自由である。企業価値担保権を実行する場合は担保権者が裁判所に申し立てる。裁判所は事業の経営等を担う管財人を選任し、事業の継続等に必要な商取引債権や労働債権等を優先して弁済する。更に管財人は事業の経営等をしながらスポンサーへ事業譲渡するが、事業は継続している事から雇用は維持される。事業譲渡の際には裁判所の許可を得る必要がある。融資の回収は管財人が事業譲渡の対価から貸し手の金銭債権に充当すると共に、一般債権者等の為に事業譲渡の対価の一部を確保する。又、認定事業性融資推進支援機関を創設し支援業務について専門的知見や十分な実施体制を備えている者を認定する。認定された者は経営資源や財務内容の分析を実施し、経営実態を把握する方法に関して助言や定期的なフォローアップを実施する。尚、認定事業性融資推進支援機関は新規に創設する事は無く既存の団体に委託する予定だという。
新たな担保権の創設は法務省の役割、貸し手は金融ビジネスであるから金融庁の管轄、借り手は事業会社であるから経済産業省、財産は無形も含まれるようになるので特許庁も関わる事が有る。事業に関わる法整備を行うには多岐に亘る調整も必要で、整合性も必要となっている事が分かる。事業の成長性を担保とする融資を要望する声は長らく金融界には有った。デジタル化等によって経営環境が変貌して行く中で事業の将来性や収益性は重要視される。有形の担保や代表者保証だけでは図れない展望が事業計画には求められる。事業継続には価値の創造も必要とされる為、有形資産だけでは企業価値を見通せない。
24年の世界の企業時価総額ランキングでは1位がアップル、2位がマイクロソフト、3位がサウジアラムコ、4位がアルファベット、5位がアマゾンとなっている。日本企業は39位のトヨタ自動車が最上位である。トップ50にはトヨタ自動車しか日本企業はランク入りしていない。トップクラスの巨大IT企業は、有形資産よりも無形資産が高く評価されている事は明らかだ。世界の企業ブランド価値のランキングでも1位はアップル、2位はマイクロソフト、3位はアマゾン、4位はグーグルとなっている。企業ブランドこそ無形の価値であり、その価値の裏付けとして特許、商標、意匠、実用新案等の産業財産権が有る。金融機関等が融資を検討するに当たり、有形財産の価値により算定する事を否定しているのではない。有形財産の価値に無形財産の価値が加えられる事が世界のスタンダードになっている事に注視しなければならないという事である。とは言え、企業価値の主が無形の財産である企業も存在している。ランキング上位を独占するアメリカのメガIT企業である。2位のマイクロソフトは爆発的に普及したチャットGPTの開発会社であるOPEN AIに出資している。無形財産の価値向上の爆発力には目を見張るばかりである。
金融機関はメインバンク的スタンスを再考するべき
事業価値を評価した上で貸し手である金融機関側の担保を保全するのが企業価値担保権である。そのスキームは既存の融資の枠組みを大きく変革する。一方で、財務上の数値評価以外に独自性を持った価値を見出し評価する事は金融機関にとって大きな負担になり兼ねない。少ない金額を多くの企業に融資すると、金融機関は既存業務では追い付かなくなる可能性が有る。無形財産の評価や研究開発による価値創造に将来性を見出すには貸し手と借り手の関係性の深化が必須と考える。金融機関はバブル経済崩壊以降、薄れる傾向にあったメインバンク的なスタンスを再考し集約的な企業との取り組みに回帰する事が合理的であろう。そうすれば、1社当たりの融資額の増加によって金融機関の労力を限定的に投下出来るようになる。近年の金融機関の事業性評価は財務数値とヒアリングによって得た情報を、保険や投資信託、リスクの高い金融商品、銀行グループのコンサルの導入を前提としたM&Aや不動産取引等を販売する為の検討材料として利用している。資金提供の為に前のめりに活用しているとは思えなかった。事業性融資推進法が実効性の有る制度として機能すれば、我が国の経済成長に大きく寄与する事が期待出来る。総人口が減ろうが、生産年齢人口が減ろうが、投資が増えれば日本経済は成長する。事業性融資を促進して企業の無形資産が正当に評価される事で日本経済の飛躍的な進展を期待したい。(26年施行予定)
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