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最低賃金引き上げラッシュに忍び寄る影

最低賃金引き上げラッシュに忍び寄る影

中小企業は人件費の高騰で倒産の恐れも

10月以降に適用される2024年度の最低賃金が固まった。全国の加重平均は昨年度から51円増え、時給1055円と過去最高を更新した。国の審議会が示した引き上げの目安額を上回ったのは27県に上り、1000円を超えるのは昨年の8から16都道府県となる。

 最低賃金は、都道府県毎に決められる時給の下限額だ。経営者・労働者の代表と有識者で構成される厚労省の中央最低賃金審議会が毎年7月下旬頃に、都道府県をA〜Cの3グループに分けて引き上げの目安額を示す。これを基に各都道府県の地方最低賃金審議会が実際の金額を決める。

 6月末から始まった協議で、労働者側の委員は「近年の物価高で、労働者の生活は苦しさを増している」として60円超の大幅引き上げを主張していた。一方で、経営者側の委員は経営が苦しい中小企業への配慮が必要だとして、大幅に引き上げない様求めていた。

 7月下旬に中央最低賃金審議会から示された目安は、最終的に春闘の賃上げ状況等も鑑み、5%の引き上げに相当する50円。地方間格差を是正する為、3グループで一律だった。8月から始まった地方最低賃金審議会では、昨年から人手不足や隣県との格差への危機感から、目安を上回る事態が続出していた。

徳島は最大の引き上げ幅

 最も高い引き上げ額となったのは、目安を34円上回った徳島県だ。84円の引き上げを決め、10月以降の最低賃金は896円から980円に大幅増加する。徳島県は全国で2番目に最低賃金が低く、最低賃金が1000円を超える兵庫県に近い事から人手不足への危機感が強かった。

 この危機感を特に強く持っていたのが、昨年5月に就任した後藤田正純・徳島県知事だ。決着する直前に後藤田知事は厚労省幹部と面会し、地方最低賃金審議会に都道府県庁が関わる仕組みの必要性を訴えていたという。後藤田知事は引き上げ決定後、記者会見で「相乗効果として良い人が集まり、労働者のやる気が高まり生産性が高まる事で良い会社が増えて行く」と述べた。

 徳島県程ではないが、目安額に9円上乗せしたのが岩手県だ。岩手県は昨年、東北地方でいち早く目安額通りに最低賃金を決定したが、隣県の秋田県が目安から5円上乗せした。その後、青森県は6円、山形県も7円上乗せする等、影響は波及。労働局の担当者が「秋田など隣県の動きを見て決めた」と述べる等、「秋田ショック」と呼ばれた。全国最下位になった岩手県だけが取り残される様な形となり、今夏はその動きが注目されていた。

 今年は達増拓也・岩手県知事は5月末に「最低賃金が全国最下位である事を勘案頂き、十分な議論をお願い申し上げます」等とする文書を労働局に提出。昨年より20日遅い8月28日に決定日をずらし、隣県の動向を注視。その結果、9円上乗せの59円となり、最低賃金は893円から952円に上がった。秋田県は897円から951円に、青森県は898円から953円にそれぞれ上がったが、岩手県は丁度両県の間に落ち着いた。

 大幅に目安を上回ったのは、元々最低賃金の金額が低いCランクの地域が中心だ。九州地方は全ての県で目安を上回り、Bランクの福岡県は1円だったが、他のCランクの県は4〜6円の上乗せとなった。昨年に引き続き佐賀県は大幅増となり、900円から956円に上がる。沖縄県は896円から952円、鹿児島県も897円から953円と何れも目安を6円上回る56円増だ。Cランクでは13県全てが目安を超えた。

人手不足倒産は過去最多

こうした地方での「引き上げ合戦」は好ましいのか。最低賃金は、①労働者の生計費、②賃金の動向、③企業の支払い能力を基に決められる。都道府県のA〜Cのグループ分けも、1人当たり県民所得や1世帯当たりの消費支出等に応じている。厚労省幹部は「最低賃金が上がるのは労働者にとって良い状況だが、知事の人気取りの道具に使われるのは困る。決定日も後ろにずれ込み、遅く決めれば決める程高くなる」と渋い顔だ。現状は8月初旬〜下旬のどこかで都道府県が金額を決めているが、決定日を統一させる様な検討が始まる可能性も有る。

 一方で、最低賃金の高いAランクの地域等は目安通りだった。東京都は1113円から50円引き上げ、1163円となり、全国最高を維持する。次いで、神奈川県は1112円から1162円、大阪府が1064円から1114円、埼玉県が1028円から1078円、愛知県が1027円から1077円、千葉県が1026円から1076円、京都府が1008円から1058円、兵庫県は1001円から1052円に上がる。兵庫県だけ目安を1円上回った。

 今回、大幅な引き上げとなった事で懸念されるのは、「人手不足倒産」だ。人手不足倒産は、最低賃金の上昇など人件費の高騰で給与が払えなくなり、労働者を雇えずに会社が潰れる事を指す。東京商工リサーチによれば、24年1〜6月の上半期で、人手不足倒産は145件に上る。昨年は年間158件で、前年同期より16%増えている事から、過去最多を更新するのは確実だ。年間300件に迫る勢いで増えている。人手不足倒産を産業別で分析すると、サービス業が最多の46件。次いで建設業が39件、運輸業は29件と続いている。資本金別では1000万円未満が91件で全体の6割以上を占めた。同社のレポートでは「円安で輸入資材やエネルギーなどの価格上昇が続き、ゼロゼロ融資の返済も始まった。経済活動が平時に戻るなか、資金調達力の乏しい中小企業には売上増が負担になりかねない。従業員の退職阻止や新たな人材確保に賃上げは不可欠だが、そうした流れに対応できない企業を中心に、『人手不足』関連倒産は増勢をたどる可能性が高い」とまとめている。

 24年春闘では、大手企業で5・58%の大幅な賃上げとなったが、中小企業では3・62%に止まった。原材料や人件費の価格転嫁が進んでいない現状が有るからだ。価格転嫁がスムーズに進まなければ、中小企業の業績がより悪化する可能性が有る。支払う賃金が最低賃金を下回れば罰則を受ける為、「無理をすれば経営そのものが厳しくなる」(日本商工会議所関係者)との声も漏れる。

理事の人気取り目的の引き上げか
2024年7月、永田町で最低賃金引き上げを求める労働組合員ら

 政府は6月に閣議決定した「経済財政運営と改革の基本方針2024(骨太の方針)」で、30年代半ば迄に1500円を目指すとした目標について、「より早く達成出来る様取り組む」と前倒しも示唆する文言を明記した。最低賃金の上げ幅は賃上げや経済状況にもよるが、加速する一方とみられる。

 地方自治体の首長は「最低賃金のあり方については課題が山積している。引き上げる方向は決まっているものの、人気取りをしたい各知事の引き上げ合戦の様相になっている。最初に決めた都道府県がババを引く様な状況になっており、地方での決め方も一定程度、ルール化が必要に思う。そうしなければ、最低賃金を支払えない中小企業が続出し兼ねず、地方の産業育成は思う様に行かない可能性も有る。国だけでなく、地方自治体も一緒になって考えて行かないといけないテーマだ」と漏らす。

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