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大学発ベンチャーを支援して行くエコシステム

大学発ベンチャーを支援して行くエコシステム

政府が見せる“本気”の資金援助で日本を創薬国家へ

大学等の研究機関、そしてスタートアップ企業等が創薬のシーズを生み出しても、開発のフェーズに迄上手くバトンが繋がらないと製品化は果たせず、「死の谷」に落ちる。嘗て、創薬と言えば、低分子薬が中心だった。候補物質の探索から製剤化に至る迄、製薬企業が創薬プロセスの多くを自前で担う事が出来た。近年は、薬を含めた新規治療技術の多くは、製薬企業ではなく創薬スタートアップから生まれている。大学や新興企業等で日々誕生したシーズを、開発製造を受託する企業(CDMO)、医薬品開発業務受託機関(CRO)、更には臨床試験を担う医療機関等、それぞれの専門性を備えた多彩なプレイヤーが連携し合い、バトンを継いで行く事で、薬はようやく患者の元に届く。但し、死の谷に陥落しなければ、だ。

創薬エコシステムの好循環への道

こうした一連のプロセスに、人、物、金、そして情報を有機的に循環させる仕組みは、生態系になぞらえて、エコシステムと称される。同じ領域で暮らす生物や植物は、相互に依存し合い生態系を維持している。それと同じ様に、ビジネスのエコシステムも、単なる因果関係ではなく、循環を意識して、真のイノベーションに繋げて行かなくてはならない。そこでは、経済的合理性が大前提となり、各プレイヤーのインセンティブを最大化する事も求められる。

この様な状況を受け、2021年6月に閣議決定された「ワクチン開発・生産体制強化戦略」の下、創薬を活性化する施策の1つとして22年から、医薬品実用化開発を支援する為、日本医療研究開発機構(AMED)の「創薬ベンチャーエコシステム強化事業」が立ち上がり、補助金の交付が始まった。

新薬の開発には多額の資金を要するが、我が国の創薬ベンチャーエコシステムでは、欧米等と比較しても、必要な開発資金を円滑に確保し難い。そこで目指すところは、創薬スタートアップを財政的に支援する事により、画期的な治療技術の創出を促進する事だ。背景には、新型コロナウイルス(COVID-19)に対する治療薬やワクチンの開発に於いて、日本が完全に乗り遅れた事への反省が有る。米国では遺伝子治療を開発していたスタートアップが保有していたRNAワクチンの技術を応用して、驚異的なスピードで、COVID-19に対するワクチンに繋がった。日本は後塵を拝するどころか、ほぼ何も貢献出来なかったと言える。

創薬ベンチャーを「死の谷」から救い出せ

創薬が「死の谷」に陥る原因は、主に資金難である。経済産業省が主管するこの強化事業には、3500億円の予算が付いた。対象となるのは、海外展開も目指し開発を進める国内創薬ベンチャーである。AMEDが認定したベンチャーキャピタル(VC)が創薬スタートアップに投資した金額の最大2倍を助成する。この費用は、非臨床から臨床第2相迄の国内外の治験関係費用に充当されるものとなる。既に非臨床を進めていて、治験費用を調達したい、或いは海外治験を計画しているというベンチャーにとっては、又と無いチャンスだ。

認定VCには、全投資金額の内3分の1以上を創薬分野に投資、リードインベスターとして投資先の治験を支援した実績、グローバルで医薬品開発に携わった人材がいる、といった条件が課されている。

現在迄に認定されているVCには、金融機関系、製薬会社系や大手のVCに加えて、大阪大学ベンチャーキャピタル、京都大学イノベーションキャピタル、東京大学エッジキャピタルパートナーズ、 東京大学協創プラットフォーム開発と、大学系のVCも4社含まれている。

これらが出資している先は、必ずしも自大学のベンチャーとは限らない。しかし、これ迄に創薬ベンチャーエコシステム強化事業に採択された企業は、大学発ベンチャーと明確に銘打っていない場合でも、シーズは殆どが大学で生まれている。

22年12月、同事業で最初に採択されたのは、エディットフォース(福岡県福岡市)とImmunohelix(東京都小金井市)のプロジェクトである。エディットフォースは九州大学発で、RNA編集技術を応用した創薬を目指している。又、 Immunohelixは、北九州市立大学発ベンチャーであるNapaJen Pharmaが有する核酸-糖鎖の3重らせん技術を用いたドラッグデリバリー技術を継承して設立された。

この事業が、起死回生となったベンチャーも有る。17年創業のペリオセラピア社は、ペリオスチンを標的として、23年にはHER2陰性乳がんの転移・再発症例を対象に、病的ペリオスチン特異的中和抗体を用いた第1相、第2a相の臨床試験を進める予定で準備を進めていた。資金難で一旦凍結されたが、23年年末に、同事業に採択された事で、仕切り直しで臨床試験に進める事になった。

又、メタジェンセラピューティクス(山形県鶴岡市)は、順天堂大学、慶應義塾大学、東京工業大学発の技術を集結したベンチャーで、潰瘍性大腸炎の患者に健常者の便を移植する治療を先進医療として進めている。この事業に採択された事で、便を凍結乾燥して経口薬として投与する準備も着々と進めている。

日本発のiPS細胞(人工多能性幹細胞)の技術を実用化しようというベンチャーも何社か含まれている。その中の1つ、セルージョン(東京都中央区)は、慶應義塾大学発のベンチャーで、水疱性角膜症の患者に対してiPS細胞由来角膜内皮代替細胞を投与する治療を開発中だ。採択を受けて、第1相/第2相臨床試験を含むグローバル開発を加速させて行く。

創薬立国への道を探る

24年7月30日、政府は「創薬エコシステムサミット」を開催した。国内外の製薬企業や団体、大学、創薬スタートアップVCやインキュベーション、CROやCDMO等、官民から様々なプレーヤーが参加した。製薬企業からは、武田薬品工業や米製薬大手のイーライ・リリーやジョンソン・エンド・ジョンソン等、又、政府から岸田文雄首相、武見敬三厚生労働相、村井英樹官房副長官らが出席した。

その場で、岸田首相は、日本を世界の人々に貢献出来る“創薬の地”とし、その方針を政府がコミットして行く事を宣言した。医薬品産業を成長産業・基幹産業と位置付け、政府として、民間の更なる投資を呼び込む体制・基盤の整備に必要な予算を確保する事、政府を挙げて創薬力構想会議の提言を具体的に進めて行く。特に、アジア・太平洋地域で必要とされる医薬品の開発に重要な役割を果たす事を強調した。これらの地域では、高齢者人口の急増による疾病構造の変化が見込まれており、予算確保も含めて環境整備に取り組む方針を示す事で、政権としての“本気度”を国内外に強くアピールする内容になっている。具体的には、創薬スタートアップへの民間投資額を28年に倍増する事、企業価値が100億円以上の企業を10社以上輩出する事等を掲げた。AMEDの創薬ベンチャー支援制度の拡充も盛り込まれ、助成する企業数を28年度に70社迄増やす。又、助成対象も、VCから資金調達したばかりのアーリーステージの企業への拡大も検討されている。参加した外資製薬による日本のスタートアップやベンチャーへの出資も期待する。

承認迄のハードルを下げる為、薬事規制の緩和に加えて、臨床試験(治験)の体制も整える。創薬力の強化には、先ず第1相試験、即ちヒトに初めて投与する(ファースト・イン・ヒューマン)試験の実施が重要になる。23年は、国内に於けるファースト・イン・ヒューマン試験は国内では実施されていないが、これを28年には10件実現する事も掲げた。岸田政権は、この直後に退陣となったが、創薬立国としての日本の行方を注視して行かなくてはならないだろう。

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