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未来の会

国内医薬品業界のM&A事情

国内医薬品業界のM&A事情

「黒船」到来の時代になるか?

業を成長させる手段は、競争相手に対して優位に立つ商品の開発・サービスの提供により利益を上げるというのが基本で、それは医薬品業界も同じ。そして、時間を掛けずにより成長させる為には、取り込む事業が同業種他業種に拘わらず、M&Aを行うのが早道だ。特に医薬品業界では、内外を問わず開発力のある企業が買収の対象になり易い。又、これ迄は国内製薬メーカーの積極的なアクションが目立っていたものの、為替相場が34年振りの円安水準に振れた事で、現状から大きく変化する可能性も指摘されている。こうした中、医薬品業界の↘M&A事情を追ってみた。

国内大手、成長の為に巨額M&Aに走る

現在、市場に流通する薬品は90%以上が医療用医薬品となっており、その開発が企業の成長を左右すると言っていい。だが、新薬を発売する為に医薬品メーカーは、凡そ10〜15年にも及ぶ研究開発期間と、数百億円から場合によっては1000億円を超す莫大な研究開発費を投じる事になる。約2万5000個の化合物から1つの新薬が生まれると言われるこの世界、ただでさえハードルが高いところに、こ↘こ数年では研究開発費が高騰しており、そこから世界的に医薬品業界はパイプライン(医療用医薬品候補化合物、即ち新薬候補の事)確保を主目的にM&Aが活発化している状況だ。更に、競争力を高める為には新薬開発のみならず、足下の収益を固める必要も出て来る為、大手国内医薬品メーカーは、看板商品を有する企業を買収のターゲットにしている。

それでは、近年に目立った具体的な日本の主要医薬品メーカーの例を見てみよう。先ず国内最大手の武田薬品だが、2019年のシャイアーに続いて、22年12月に米国の創薬企業ニンバス・セラピュー↖ティクスの子会社ニンバス・ラクシュミ社を約5500億円(当時の邦貨換算)で、大塚製薬は14年12月に米製薬ベンチャーのアバニアファーマシューティカルズを約4200億円(同)で、アステラス製薬は23年5月に眼科領域の薬を開発する米アイベリック・バイオ社を約8000億円(同)で、それぞれ買収した。

果たして、各社共この選択が正しかったのかどうか──結果が明らかになるのはもう少し先になると思われるが、これだけの巨額を投じなければ、大手でさえ国内医薬品メーカーは成長が難しくなっていると見る事も出来よう。それ故、こうした動きは今後も活発化して行くものと思われていた。

円安背景に考えられない海外からの買収提案も

ところがここに来て、海外への攻勢から一転して、守りに入らざるを得ない状況に変化するとの見方が広がっている。新型コロナウイルスの感染拡大時、国内医薬品メーカーは、ワクチンを急ぎ開発・実用化させたファイザー、アストラゼネカ等、海外のガリバー企業との差が大きいと感じさせ、他の産業に比べると世界の中で後進的なイメージさえあったが、実際の動きとしては積極的なM&Aによって、世界のガリバー企業を少しでもキャッチアップしようという動きが活発化していた。しかし、今はそうした明るさを感じさせるムードではない。

その背景に有るのが、昨今の外為市場に於ける円安だ。先に挙げた大型の海外企業買収を行った時期は、既に円安に進み始めていた時期だが、新型コロナウイルス感染症拡大以前は、円高を武器に医薬品メーカーに限らず日本企業は、グローバル化の波に乗る形で海外企業の買収を活発化させた経緯がある。しかしながら、今後は日本企業の方が、それも、これ迄は考えられなかった様な、誰でもその名を知っている様な企業が買収される様になり、それは医薬品メーカーも例外ではない。

医薬品業界ではこれ迄も、M&Aは珍しい事象ではなかった。海外企業からの買収も、万有製薬(現MSD)が提携先だった米メルクに取り込まれた例が有った他、異業種企業の医薬品進出に伴う買収や、その逆の異業種企業が事業を手放すケース、薬害エイズ事件で苦境に陥ったミドリ十字の様な救済──等、必ずしも資本市場に於いて稀という程の事ではなかった。他にもは第一三共の様な大型合併の例も有る。しかし、今後のM&Aに関しては、文字通り驚天動地と言える様な事が起きないとも限らない。医薬品業界とは直接関係しないが、セブン&アイ・ホールディングスがカナダのコンビニ大手であるアリマンタシォン・クシュタールから買収提案を受けた事を考えると、日本の企業に海外からの触手が伸びる可能性は十分有る。

セブン&アイは、コンビニ最大手セブン‐イレブンやスーパー大手のイトーヨーカ堂を経営している流通大手。国内に於ける業界の雄である事は言う迄もない。この業界でも、嘗て苦境に陥った西友を、米国流通業界のガリバーであるウォルマートが傘下に収めた例が有ったが、これは救済色が強い買収で、業績好調で事業成長が見込めるセブン&アイとは背景が異なる。現時点では、この買収が実現するにはハードルが高いものの、時価総額5兆円超、国内で上位50位内に入る同社が買収提案を受けた事実は重く見た方がいいだろう。

即ち、日本企業にとってこれ迄海外企業は、「買う対象」であり、中堅企業の買収や、救済を目的とした大企業の買収を除いて、日本を代表する様な企業が標的にされる事等考えられなかったのである。しかし、逆に買われる側になりつつある事をセブン&アイのケースは象徴し、日本のM&Aは大きな転換点を迎えた格好となった。特に、昨今の円安により、日本の優良企業は「お買い得」、バーゲンセールとも言える状況であり、海外勢にとって追い風が吹いている。一体何故この様な事態になったのか。

大手でもM&Aの対象として狙われる時代に

送局が、放送法により海外投資家からの買収が出来ない様に、安全保障等、国策に関わる場合は外国からのM&Aについては政府が阻止する事も有り得る。しかし、医薬品に関しては安全保障の枠外であり、過去に上場企業が買収されたケースもある為、仮に主要医薬メーカーが狙われたとしても政府が阻止に動く事はないだろう。折しも岸田内閣では、創薬に関して拡大する方針を示したものの、これが買収をストップさせる理由にはならない。

ところが、ここに来て海外企業による買収が起き得る状況になったのは、企業自身のグローバル化の進展により、会社経営の在り方やガバナンスが大きく変化した事が挙げられるだろう。投資家保護の観点から、会社の意思最高決定機関である取締役会が欧米の様に社外取締役中心となり、「投資家の利益に繋がるなら買収されるのも可」──少なからずの企業が、そんな意思決定をしても不思議ではなくなったからだ。

ある医薬品担当アナリストは、海外から狙われる医薬品メーカーの条件を「グローバルで成長が可能」「時価総額が安い」「社外取締役が過半数」「開発力が有りパイプラインが充実」と挙げた。

以上の点からすると、先ほど例に挙げた武田薬品、大塚製薬、アステラス製薬に加え、第一三共等の大手は何れも条件に合致する。社外取締役の過半数は取引先や官僚等、凡そ買収に賛成しそうにないメンバー構成となっている会社が殆どだが、買収側が投資家に極めて有利な条件を提示した場合等に、反対し切れない事が有り得るだけで、こうした社外取締役のメンバー構成は安心の担保にはなり得ない。そして、無理を通せば投資家の利益を損ねると糾弾されてしまう。プロの取締役でもボードに入っていれば尚更だ。

医薬品メーカーは、嘗ての大阪・道修町や東京・日本橋に本拠を置く地場企業ではなくなった。昔ながらの営業スタイルも消えつつあるが、黒船たる外資系企業が本格的に乗り込み、主要メーカーの資本が日本から失われた場合、提供される医薬品は拡充する一方で、医療機関と企業との商慣習が大きく変わり、現場は戸惑うかも知れない──そうなる事態も想定しつつ、今後の医薬品業界のM&A動向を注視したい。

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