東証1部上場廃止に追い込まれた理由とは?
中国から到着した人物は、羽田国際空港の税関を通る事なく迎えの高級車に乗り込んだ。男を乗せた車は空港を出て高速道路を走り抜け、新宿区神楽坂にあるEPSグループが入る本社ビルへ滑り込む。その後方を1台の小型車が追い掛けていた。警視庁公安部の車だ。高級車がEPSグループの本社ビルに入るのを見届けると公安の車は去って行った。通関を経ずに入国出来る中国人は誰なのか? この男は誰に会いに来たのか?
今回の舞台となるEPSホールディングス(以下、EPS)は国内最大手の治験会社だ。一般には無名に近い存在だが、業種としてはCRO(医薬品開発業務受託機関)・SMO(治験施設支援機関)・CSO(医薬品販売業務受託機関)の、所謂医薬品開発業務受託会社であり治験施設支援会社となる。事業は順調過ぎる程で増収増益が続く。多くのライバル企業を買収し巨大化の道を進み、メインバンクの三菱UFJ銀行が拡大に向けた資金調達を担う。
EPSのオーナーは、1962(昭和37)年中国江蘇省生まれ、中国国籍の厳浩・代表取締役62歳だ。厳氏は、81年に中国の国費留学1期生として天津大学から山梨大学に留学。同大大学院に進み、その後は東京大学大学院で医学統計を専攻した。この医学統計を学ぶ中で臨床試験に関わったのが治験事業に進む切っ掛けだと、本人は別な取材で話している。東京大学大学院医学統計専攻博士課程在学中の91年5月にEPSの前身となるエプス東京を設立し、2001年にEPSへ社名変更。04年に東証2部に上場、06年に東証1部に上場している。正にトントン拍子だ。上場記念の写真には若き日の厳氏がいる。
14年9月期には売上が418億円。16年には、子会社のイーピーミントと綜合臨床サイエンスが合併して誕生したEP綜合(現、EPLink)が業界最大のSMOとなり、EPSは治験のフルサービスを提供する国内最大級の治験会社となった。18年9月期には売上657億円、営業利益74億円を稼ぎ出す超優良企業となっている。厳氏の母国・中国に目を向ければ、01年には中国上海に関連会社を設立し、EPSとしての中国業務を本格的に開始する。中国事業の基盤となるのがEPS益新集団だ。それから僅か数年間で、中国国内で巨大な医薬品関連企業に成長を遂げている。日中両国を股に掛ける経営者は多くいるが、この様に一気に拡大を遂げた中国人経営者は皆無だろう。日本国内では全くと言って良い程に無名な厳氏だが、中国や日本中華總商會内での評価は高い。しかし、取材をする中で多くの疑問が湧いて来る。
絶頂時にも拘わらず上場廃止に
決算書の数字を追うと、19年9月期には前年より約30億円増収の売上690億円、営業利益63億円。22年度の売上予測は980億円とした。厳氏の長年の目標でもあった「東証1部上場会社としての売上1000億円」が目前となった。郷里に錦を飾る、中国語で「衣錦還郷」になる話だ。
そんな超絶頂に在ったにも拘らず、21年5月27日に突如、MBO(マネジメント・バイ・アウト:上場会社が上場廃止をする時の手法の1つで、現在の経営陣が市場に在る自社の株式を買い集め、非上場化をする事)による株式非公開化を発表し、証券業界を驚かせた。当然ながら市場から株式を買い取る為には膨大な資金が必要となる。今回の株式買付け資金は、EPSのメインバンクである三菱UFJ銀行をメインとするシンジケートローンで、みずほ銀行、三井住友銀行、りそな銀行、三井住友信託、東京スター銀行などが名を連ねる。そして総額550億円を借り受けた。又、日本・韓国・中国を活動拠点とするMBKパートナーズも議決権無しの優先株式40億円分を得る条件で加わった。そうして7月8日に買付けは完了し、EPSは非上場会社となった。その結果、厳氏が代表で厳夫人が役員の個人会社Y&Gがほぼ全権を握る事になった。これ迄もEPSの0・75%を超える株式を有していた事から絶対的な権力を保有していたと見られるが、非上場会社となれば、面倒な株主もおらず、お山の大将でいられる。いや、お山の大将でいられる「筈だった」と言うのが正しいかも知れない。
今、EPSの実権を握るのは、厳氏ではなく地庭俊博・取締役(仮名)だとEPS関係者は言う。京都大学卒の地庭氏は東京銀行に入行するもセクハラ・パワハラが問題視され、東京銀行を退社している。エリート集団の東京銀行内で度々、部下に怒声を浴びせる行員が人事部から目を付けられるのは時間の問題だった。銀行時代の仲間は、弊誌の取材に対して「円満退社では無かったので、退社後の再就職は難しかった筈」と話す。(この男の詳細は次号に)。
21年7月9日にEPSは、厳氏の名前でIRを出している。「新鷹株式会社(公開買付者)が2021年5月28日から実施しておりました当社の普通株式に対する公開買付けが、2021年7月8日をもって終了いたしましたので、下記のとおりお知らせいたします」。同日、新鷹代表取締役厳浩の名前でも「新鷹株式会社は、2021年5月27日、EPSホールディングス株式会社の普通株式を金融商品取引法に基づく公開買付けにより取得することを決定し、(略)本公開買付けが2021年7月8日をもって終了(一部略)」と発表した。
しかし、今、EPSの株を100%を持つのは新鷹ではなく、新会社のシンヨウだ。厳氏はシンヨウの株式71・6%を保有。スズケンが20・0%で続く。TOBが成功した後、公開買付者を新鷹からシンヨウに変えた。その理由は、三菱UFJ銀行らのシンジケートローン団が望む担保提供を回避する為の策と言う。
消えた公開買付会社・新鷹の欺しのテクニック?
弊社が入手したEPSの会議議事録を見ると「MBOローン条件として、ESPホールディングス全株式の銀行担保提供と同時にスズケンも株式担保提供が求められたが、スズケンの株式担保提供を回避する必要が有り、シンヨウを設立した」と有る。裏工作を講じるEPSに銀行団は激怒するのではないだろうか? 550億円超の資金を借り受けた責任は有る。メインバンクの三菱UFJ銀行のメンツは丸潰れだ。シンヨウを設立した目的が銀行団への背信行為に当たるとなれば、メインバンクからの信用も失墜する。本末転倒な浅はかな戦術戦略を立てたものだ。EPSの危機管理が疑われるもう1つの事案に対する調査が密かに続いている。それは「EPSのMBOに関するインサイダー取引」だ。
EPSは21年7月9日にTOB(株式公開買付)が成立した。あれから3年が過ぎ、非上場を謳歌していた今年の春、EPS幹部に激震が走った。金融庁証券取引等監視委員会が、EPSのTOBに関してインサイダー疑惑が有ると調査チームを作り、捜査に乗り出したからだ。金融庁関係者は弊誌の取材に対し「中国人の数人がインサイダー取引に相当するかも知れない」と言う。EPSのMBOの作業の中心となった元三菱UFJ銀行出身の幹部ら複数人が任意での聴取を受けている。そして証券取引等監視委員会は、数回に亘り厳氏に任意で事情聴取を行った。並行して日本中華總商會の複数人も任意での事情聴取が行われていると関係者は言う。EPS内部の誰がインサイダー取引となる情報を中国人に漏らしたのか? 弊社による日本中華總商會幹部への取材で「私は厳氏と親しいと思っていたが聞いていない。冷たい奴だ」と話す幹部もいる。今、証券取引等監視委員会でEPSから押収した資料を丹念に読む込む調査が続く。これも何れニュースになるだろう。次号で詳報するが、上場廃止を決めざるを得なかった理由は複数有る。が、大河実業(本社・東京都中央区、代表取締役何軍)を巡る複数のメガバンクとのやり取りでは、中国人仲間の窮状を救う為に日本の法律がねじ曲げられた。これを主導したのは厳氏だと言う。(次号に続く)
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