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未来の会

基礎から臨床をシームレスに繋ぐ ~「研究成果を患者さんに届ける」事を使命に~

基礎から臨床をシームレスに繋ぐ ~「研究成果を患者さんに届ける」事を使命に~

松本 守雄(まつもと・もりお)1961年兵庫県生まれ。86年慶應義塾大学医学部卒業。88年同医学部助手(専修医)。98年米国オルバニー医科大学留学。2003年慶應義塾大学医学部整形外科学専任講師。05年同医学部運動器再建・再生学講座助教授。08年同医学部整形外科学准教授。15年同教授(現職)。17年慶應義塾大学病院副病院長。21年同病院長(現職)。日本整形外科学会第13代理事長(19〜21年)。 整形外科領域を専門とし、脊椎・脊髄疾患の第一人者として知られる他、理化学研究所との共同研究による特発性側弯症の疾患感受性遺伝子の同定等の研究実績を誇る。

——病院長就任から3年が経過しました。振り返ってみて如何ですか。

松本 病院長に就任した21年9月は、丁度新型コロナウイルス感染症のデルタ株が流行していた頃で、コロナの重症患者の対応に加え、就任前後に開催された東京オリンピック・パラリンピックへの医師の派遣等、大変なスタートでした。その後は少し落ち着き、大学病院として高度急性期医療の提供に注力してきました。22年5月には新病院がグランドオープンし、病院医療にしっかりと取り組んでいるところです。

——貴院は大学の附属に当たりますか?

松本 元々は医学部に属していましたが、清家篤塾長の時に医療法の改正等を受け、大学の直轄になりました。それにより三田の本部との繋がりがより強くなりました。

——慶應義塾大学は医学部・看護医療学部・薬学部の3学部を擁しています。大学との連携はどの様に実践されていますか。

松本 大学に医・看・薬の3学部がある事で、間違いなくシナジーが生まれています。3学部の合同授業で学生が議論し合う事で、様々な職種とのコミュニケーションの重要性が身に付き、病院でのチーム医療の実践に繋がっていると思います。教職員は、病院から薬学部に勉強に行ったり、逆に薬学部から病院に来て診療や研究に参加したりと、人の動きも活発に行われています。

臨床に繋げる為の研究体制・環境を整備

——「基礎と臨床の一体」とはどの様な事ですか。

松本 初代医学部長・病院長の北里柴三郎は、創立当時から「基礎・臨床一体型医学・医療の実現」を理念として掲げ、臨床を見据えた研究に力を入れて来ました。06年の厚生労働省の臨床研究基盤整備推進研究事業への参画を皮切りに、臨床研究の拠点として整備を進め、14年に臨床研究推進センターを開設しました。16年には臨床研究中核病院として承認され、日本発の革新的医薬品や医療機器を生み出す為の研究や治験に取り組んでいます。様々な医師主導治験の数々を始め、私が専門とする整形外科学でも、基礎医学の生理学教室と共同でiPS細胞を脊髄損傷の方に移植するファーストインヒューマンの臨床研究等を行っています。

——貴院の「新しい医療」への取り組みについてお伺いします。

松本 様々な事に取り組んでいますが、直近では今年5月、当院の9階に「CRIK信濃町」というオープンラボを、文部科学省の支援を得て開設しました。ここで、スタートアップや起業家、ベンチャーキャピタルといった方々と医療関係者が、新しい医療機器や医薬品の開発について共に議論する場を設けています。又、当院に蓄積された医療データの活用方法をデータサイエンティストに相談したり、研究に必要なデータを抽出して頂いたり等、データを活用した共同研究拠点としても機能しています。

——がんゲノム医療についてお聞かせ下さい。

松本 がんゲノム医療は、北川雄光前病院長が専門としていた事から大変力を入れて来ました。当院は18年に、「がんゲノム医療中核拠点病院」として全国13の施設の1つに認定されました。パネル検査は勿論、そのパネル検査で見つかった遺伝子に対する薬を探し、患者申出療養制度等を用いた医療の提供で実績を積んでいます。パネル検査では、迅速に効果のある薬を特定して、投与するアプローチが成功の鍵になります。当院ではがんゲノム医療センターの西原広史教授が中心となり「プレシジョン」という独自のパネル検査を開発し、進行中の臨床研究でデータを蓄積して将来に生かそうとしています。又、希望される方にはホールゲノムを含めて解析出来る体制を整えています。これらは基本的に自費診療になります。しかし、保険診療で行える今のがんゲノム医療は標準的治療を全て終えた方が対象になっている為、対象となる症例数が中々伸びない上、待っている間に治療機会を失う患者さんもいらっしゃいます。標準治療の前に保険外併用療養としてパネル検査を導入する動きもある様ですので、今後制度が整ってくれば、がんゲノム医療も更に発展するのではないでしょうか。

——現状は未だ開かれた医療ではないという事ですね。

松本 保険診療の範囲や基準でパネル検査を行うには、現時点で色々な制約が有ります。又、C-CATと呼ばれる国立がん研究センター・がんゲノム情報管理センターのデータベースへ、患者さんの同意の下、検査データや診療情報の入力が義務付けられており、その負担やデータの質の担保にも課題が有ります。今後こうした事も含めて整備して行く必要があると思います。

AI活用による患者サービス向上と新しい働き方

——貴院が目指す「AIホスピタル」とはどの様なものでしょう?

松本 AIホスピタルについては、18年より内閣府からの支援を得て、北川前病院長、陣崎副病院長が音頭を取って進めて来ました。今は厚生労働省からの支援を頂きながら継続しています。当院に於けるAIホスピタルの事業には大きく2つの目標があり、1つ目は患者サービスの向上です。例えば、デジタルサイネージで患者さんに情報提供をしたり、電動自動運転車椅子を院内に走らせたり、自身の医療情報をスマートフォンで確認出来るアプリを開発する等の取り組みです。2つ目は業務の効率化です。自動搬送ロボット等の導入、入院状況や重症患者さんの情報等をリアルタイムに把握出来るコマンドセンターの設置により、病院運営の効率化を図っています。最近では生成AIも登場していますので、AIが作成した文書を教職員が最終チェックするだけに出来れば、相当な時間短縮・業務負担の軽減になると思います。医師の勤務計画についても、スタートアップの企業と協同して、AIを活用したソフトを開発しているところです。こうした業務の効率化によって、患者さんと向き合う時間を増やす事が最終的な目標だと考えています。

——診療報酬請求にもAIを生かす事が出来るのでしょうか。

松本 将来的には可能になると考えています。ロボティックプロセスオートメーション(RPA)を導入し、事務的な作業を自動化する取り組みも進めているところです。2年に1度の診療報酬改定への対応には労力が掛かりますので、高性能なソフトウェアが有れば負担が減り、入力漏れや過剰請求等のミスも防げる様になると思います。


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