執行部の閉塞感か勃発した「石井の乱」 「これで横倉王国は盤石だ。4選はもちろん、本人が辞めると言わない限り5選だって十分に視野に入ってきた」ーー。4年ぶりの選挙戦となった日本医師会(日医)の会長選(6月25日)で、現職の横倉義武会長が常任理事だった石井正三氏に280票近い大差を付けて圧勝したことに、横倉氏に近い地方医師会幹部は満足げにこう語った。
今回の会長選は『横倉批判票』が何票出るかに焦点が絞られていた。この地方医師会幹部は「石井先生の準備不足は明らかだったが、われわれが心配したのは批判票が100票を超えることだった。石井氏が41票にとどまり、正直ほっとした。横倉路線の正しさが証明された」と振り返った。
次期会長選を見据えた「大阪の本音」 だが、横倉陣営のこうした強気な姿勢をよそに、日医内部では会長選の最中に話題となったある発言が波紋を広げている。その発言とは、6月5日に横倉氏が会長選の事務所開きを行った際の伯井俊明・大阪府医師会長(当時)のあいさつだ。
その場に居合わせた関係者が声を潜めて語った。「伯井さんは『「横倉先生は今期で引退されるかと思った。もう1期2年、恐らくこれで終わりだと思う』とあいさつしたという。冗談交じりで語ったようだが、その場が一瞬凍り付いたと聞く。多くの人は『大阪の本音』と受け止めただろう」というのである。
横倉氏と距離を置く地方医師会関係者は「すでに大阪府医師会は2年後の会長選に向けて、『ポスト横倉』選びに動き出したということだ。大票田の東京都医師会と組み、2年間かけて横倉おろしの流れを作ってくることも十分考えられる」と解説する。
「横倉氏の基盤は大阪の協力なしには成り立たない。横倉氏が副会長の松原謙二氏を取り立てているのも、大阪からの支持を取り付けるための譲歩だ。その大阪府医師会の実力者から『今期限り』と言われたのだから、横倉氏の心中も穏やかではないだろう」と見立てる。
こうした分析を裏付けるかのように、反横倉派の関係者は「事前に大阪から何か言われていたのだろう」と推測する。「とにかく、横倉会長は選挙戦に突入することを嫌っていた。側近や常任理事を使って、石井氏に出馬の断念を迫ったが、石井氏は聞く耳を持たなかった」と明かす。
「選挙結果を一番気に掛けていたのも横倉会長自身だ。今回の会長選では結果として1割を超す批判票が出たわけだが、『たったの1割』なのか、『1割も批判的に思っている人がいる』ということなのか評価は分かれる。3期目は盤石どころか、薄氷を踏む思いでの会務運営が続くことだろう。石井氏の反乱劇は、石井氏の思いとは別に、日医にとって大きな禍根を残した」と分析する。
別の反横倉派の関係者が「横倉会長のリーダーとしての資質に、執行部内に不満がくすぶっている」と同調した。「横倉執行部の一員であった石井先生が、なぜ反旗を翻すような形で立候補に至ったのかを日医の会員は考えるべきだ。最大の理由は横倉執行部の閉塞感にある」との批判だ。
「現在の日医には議論の余地がない。懸案があると、横倉会長が副会長や常任理事の頭越しに安倍(晋三)政権と直接話をつけてしまう。こんなやり方で、日医は本当に医師の利益を守れるのか。大阪だけでなく、そろそろ多選批判が出てくるだろう。今回出馬した石井先生に対してドンキホーテのように言う人も少なくないが、出馬断念を迫るやり方といい、安倍政権の幹部と直接的に政治取引をする実態といい、横倉会長の素顔の一端を知らしめた意義は大きかった」と語気を強めた。
決して順風満帆とはいえない「第3次横倉丸」の船出のようだが、ただちに真価を問われそうなのが、安倍政権が医師の偏在解消に向けて自由標榜および自由開業の見直しなど「規制的な手法」を検討していることへの対応だ。会長選翌日の6月26日に行われた日医の臨時代議員会でも、各地の医師会幹部から「国が管理医療へとかじを切った」などと懸念の声が相次いだ。
医師という仕事の根幹に関わるだけに、日医内部には絶対に譲歩できないとの空気が張り詰めている。しかも、混迷が続く新専門医制度が実施されれば、さらに地域偏在に拍車が掛かる。ところが、横倉会長の回答は「都道府県知事の強権発動ではなく、プロフェッショナル・オートノミー(医師の専門的自立性)に基づくものでなくてはならない」との原則論の繰り返しで、これには「今後強まる政府からのプレッシャーにどう対抗するのか明確な戦略があるわけではなさそうだ」(地方医師会幹部)との声も漏れる。
参院選であらわになった日医の集票力 こうした声の広がりを懸念して、横倉執行部は日医の組織力強化に乗りだそうとしている。臨時代議員会で横倉氏は「地域医療を支えるためには組織力強化が不可欠だ。保険診療をするのは医師会員であるという方向に持っていきたい」と述べ、厚生労働省と協議を進めていることを明らかにした。
日医関係者は「地方医師会には加入しても、日医の会員にならない医師は少なくない。このままでは近い将来、組織率が50%を切ることもあり得る」と背景を解説する。
だが、この動きは、むしろ横倉執行部の「自信のなさ」として受け止められている。
先に登場した横倉氏と距離を置く地方医師会関係者は「組織率がこのまま低下すれば、政府への交渉を強化するどころか、医師を代表する唯一の団体という看板すら下ろさざるを得なくなる。その焦りだろう。永田町への発言力確保を狙ってのことだろうが、勤務医たちには日医への加入が保険医の条件となることへの不満が募っており、一筋縄ではいかない」と解説する。
こうした中、横倉執行部が気をもんだのが参議院選だった。自民党の比例代表として出馬した、日医の政治団体「日本医師連盟」の推薦候補、自見はなこ氏の苦戦が伝えられたからだ。
反横倉派からは「日医会長選で圧勝したといっても、自見氏を当選させられないようでは一般会員の信任を得られたとはいえない」(ベテラン医師)との批判も出ていたが、結果は自見氏が21万余票を獲得しての当選となり、横倉氏周辺は胸をなで下ろした。
だが、自民党の見方は厳しい。関係者の1人は「比例区で自見氏が勝ったのは最低ラインだ。選挙区で野党に負けた1人区の自民党候補に、日医はどれだけ票を出したのか。今は医師の組織にもいろいろある。今後も日医だけ特別扱いし続けられるか分からない」と、いら立ち交じりにけん制した。
自由標榜および自由開業の見直しを阻止すべく、この2年間で日医の組織引き締めと強化をどこまで達成できるのか。横倉氏が長期政権を維持できるかどうかは、その結果いかんといえそうだ。
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