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「マイナ保険証」への切り替えに躍起になる政府

「マイナ保険証」への切り替えに躍起になる政府

進まぬ普及で尻を叩かれる医療機関

保険証の新規発行を停止し、マイナンバーカードに一体化した「マイナ保険証」へと切り替えられる12月2日迄、残す所4カ月。政府は利用者を増やした医療機関への支援金を倍増する等普及に躍起だ。しかし一向に広がらず、利用率は5月時点で未だ7%台。「使えない」「利用をごり押しされた」といった現場でのトラブルも後を絶たない。

 「医療現場に於いては患者に無理強いをするのではなく丁寧に説明を行い、省令上、薬局は処方箋、マイナ保険証、健康保険証の何れかによって患者の資格確認を行う事とされている事も踏まえ、適切に運用して頂く事が重要だ」

 6月11日の閣議後記者会見。武見敬三・厚生労働相は、マイナ保険証が無いと薬を渡して貰えないと受け取れる対応をしていた大手薬局が謝罪に追い込まれた事態を受け、改めて従来の保険証も使えると説明せざるを得なかった。

 6月上旬、東京都千代田区内の薬局から出て来た女性(61)は不本意そうだった。スタッフから「マイナ保険証をお持ちでないのですか」としつこく聞かれたと言う。「持つ事が義務かの様な言い振りで、誤解する人も多い筈」と不満をぶちまけた。

 「他人の情報が紐付けられている」「利用を強制され、断ったら診察を後回しにされた」。薬局や病院等では依然、マイナ保険証を巡るトラブルが続く。背景には、飴と鞭を使い分ける厚労省等政府から医療機関への「圧」が有る。

 12月2日以降、従来の健康保険証が新規に発行されなくなるのを踏まえ、厚労省は5〜7月の3カ月間をマイナ保険証の「利用促進集中取組月間」に設定。各医療機関の2023年10月のマイナ保険証利用率を基準とし、同月間に於ける利用者の増加割合に応じて支援金を支給する事にした。

 支給の条件として窓口での声掛け、チラシ配布、ポスター掲示を挙げ、先ずは当初の上限額を病院20万円、薬局や診療所は10万円とした。厚労省は患者への声の掛け方を指南する「手引き」まで用意し、医療機関の尻を叩いた。

 持参していない人への手引きはこんな具合だ。

 ①(最初の声掛け)「マイナンバーカードをお持ちでしょうか?」②(カード作成済みの人には)「マイナンバーカードを保険証として利用いただけます。次回来局時はぜひお持ちください」③(カード未作成の人には)「12月2日に現行の健康保険証の発行が終了します。まずはぜひ、お早めにマイナンバーカードの作成をお願いいたします」

マイナ保険証を使えない医療機関の「通報」促す

 更に厚労省は4月末、利用率が3%以下の病院や薬局に、催促するメールを一斉に送り付けた。又、旗振り役の河野太郎・デジタル担当相は自民党の国会議員にマイナ保険証が使えない医療機関を見つけ次第「通報」を促す様な文書を配った。

  この結果、多くの医療機関が厚労省の手引きに沿って患者にマイナ保険証の利用を勧め、結果的に声掛けを強めた病院や薬局が増えた。患者からは「薬局で高圧的に言われ、渋々登録した」「紙の保険証には対応しない様な態度を取られた」といった不満が相次いだ。

 国民の反発に同省は「強引に受け止められていたとすれば残念」(武見厚労相)と言いつつ手は緩めていない。6月21日の社会保障審議会医療保険部会では「利用率を押し上げるインセンティブが必要」として、医療機関への支援金の上限を当初の倍、病院は40万円、薬局や診療所は20万円に引き上げる方針を伝えた。これには日本医師会の委員から「金儲けの為と思われるのは極めて心外と、多くの医療機関は怒っている」との批判が飛び出した。コロナ禍は、患者情報の共有をファクスに頼る等、日本が医療DX(デジタルトランスフォーメーション)で世界に後れを取っている事を広く知らしめた。その事は政府の焦りを誘い、国民をポイントで釣る拙速なマイナカード普及策に繋がった。カードを取得し、保険証機能と紐付けした人等に最大2万円のポイントを付与したが、これらに要した財源は約1兆円に上る。

 にも拘らず、トラブル続きで利用は広がらない。そこで第2弾のバラマキとして踏み切ったのが、医療機関向けの支援金という名の報奨制度だ。217億円を用意し、それでも効果が薄いとなるや上限額をあっさり倍増させた。

 確かにマイナカードの保有率は73・8%迄増え、その8割の人はマイナ保険証として使える手続きを済ませている。ポイント付与の効果は出ている。

 只、一方でマイナ保険証の利用には結び付いていない。医療機関にオンライン資格確認のシステム導入が原則義務化された昨年4月の段階の利用率は6・30%だった。それがトラブル続出で昨年末には4・29%迄低下。政府のあの手この手で上向いているとは言え、5月時点でも7・73%止まりだ。国民に利用を勧める側の政府も個人レベルでは低調で、省庁別の利用率(3月時点)は厚労省で6・49%、全省庁平均では5・73%と低い。

 各種トラブルについて、政府は「対策を打った」としている。ところが大阪府保険医協会が5、6月に会員の医療機関約4000カ所を対象に実施したアンケート(有効回答247件)によると、6割超の会員が今年1月以降にマイナ保険証絡みのトラブルが有ったと答えた。カードリーダーの機能不全等だ。現行の保険証が廃止された場合の影響として、9割超が「受付業務が混乱すると思う」と回答している。

不評の中、「事実上の義務化」策を重ねる政府

「マイナ保険証は我が国の医療の進歩には不可欠な重要なパスポート」。武見厚労相はこう語っている。政府にとって国民の受診データを一元管理出来るメリットは大きい。

 一方で国民側のメリットは、転職・転居時の保険証の切り替えや高額療養費の申請が不要になる、確定申告時の手間が軽減される、医療費の自己負担が少し安くなる、という程度。マイナポータルを通じて診療歴や処方された薬の確認は出来るものの、病歴等の個人情報流出を懸念する人の中には「デメリットの方が大き過ぎる」と受け止める人が少なくない。マイナ保険証を使っていない東京都千代田区の大手企業に勤務する男性(41)は「マイナ保険証への移行は『国民の不安を払拭する』事が前提だった筈。その前提が崩れているのに無理強いするのはおかしい」と疑問を口にする。

 一連の対策には泥縄的なものも目に付く。介護施設等、入居者から健康保険証を預かって一括管理している所は多い。只、マイナカード作成時にはマイナポータル等を閲覧する為の暗証番号が必要となる。介護施設等からは「認知症の人達の暗証番号は管理出来ない」との批判が出ていた。

 これに対し厚労省は「暗証番号無しのマイナカード」の発行を決めた。施設にとって管理し易くはなるが、診療情報を確認するといったマイナ保険証ならではの機能は一切使えない。横浜市内のケアマネージャーは「顔写真付きの保険証でしかなく、だったら今の保険証を残せばいい。政府方針は意味が分からない」と言う。

 制度への不信からマイナ保険証を使わない人に対し、政府は保険証代わりに「資格確認書」を発行する。12月2日以降も従来の保険証を最長で1年間使える。そうした事を広く知らしめる工夫はしないのか——。6月11日の記者会見でそう問われた河野デジタル担当相だが、「先ずマイナ保険証を基本とする受け付けになるべく早く変えて下さいという事を分かり易く伝えて行きたい」と述べるだけだった。

 そもそもマイナカードの所有は任意に過ぎない。それなのに政府は6月18日、新たに携帯電話の契約時にもマイナカード等のICチップによる事業者への本人確認義務付けを閣議決定した。カードを持たない人に不便を強い、皆を所有へと駆り立てる「事実上の義務化」策という悪手を又1つ、積み重ねた。

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