医療事故等の激甚化の兆し
近時、今までならばそれほど派手に扱われていなかった医療事故等が、マスコミで何となく派手に扱われるようになった。また、1つひとつは報道されなかったような医療事故等についても、一応の報道がなされるようになったように感じる。
ここで言う「医療事故等」とは、「医療過誤」の事例やその疑いの事例、さらには、医療事故調査制度に言う「過誤の有無を問わない」医療事故死など全般を広く指す。つまり、医療事故等に激甚化が生じているという印象である。
たとえば、愛知県愛西市の新型コロナワクチン接種で生じた医療事故では、その医学的評価も含めて記者会見したり、ホームページに事故報告書をそのまま掲載したりした。そのため一般のマスコミも含めてメディア・スクラムが生じ、一般国民皆が知るところとなっている。さらに、立て続けに、民事の損害賠償請求訴訟が名古屋地方裁判所に提起された。遺族の感情も逆撫でされ、特定の医師への刑事告訴の意向も示されたらしい。記者会見や事故報告書公表(それも、医療行為の医学的評価も含めて公表)が、「医療事故」の激甚化を招いた一例とも評しえよう。
また、北海道の岩見沢市立総合病院では、「医療事故調査制度」に言う「医療事故」を医療事故調査・支援センターに報告したことをわざわざ公表し、今は警察の捜査中ということである。派手にマスコミに出たので、ご存知の方も少なくないかと思うが、警察の捜査の対象は、いつも個々の医師個人であり、その捜査対象となった医師の不安・恐れはいかばかりかと思う。
似たような公表・報道ケースでは、やはり近時、国立国際医療研究センター病院でも、医療事故の報道がなされた。一旦は「医療事故ではない」という判断が病院管理者によってなされたが、外部の専門家からの意見によってその判断が覆され、センター報告がなされたらしい。遺族は、民事訴訟で病院と並んで医師個人も被告とし、医師個人への刑事告訴も行ったということである。
最近は、これらのように激甚化した事例が目に付く。いずれにおいても共通する原因は、「医療事故等の公表」にある。そして、医療事故等の激甚化は、医師個々人の心情を直撃してしまう。
ピアサポートの必要性
2024年6月8日、日本医療メディエーター協会・日本医療ピアサポート協会Heals・日本医療安全学会などの共催で、国際シンポジウム「有害事象後の世界の取組み」が早稲田大学にて開催され、和田仁孝氏(早稲田大学法学学術院教授)の司会・座長の下で、アメリカ・台湾・ニュージーランド(オーストラリア)の各演者がシンポジウムを行った。
Jo Shapiro・ハーバード大学医学部耳鼻咽喉科准教授はピアサポートの提唱の第一人者として、「事故後の対応:医療者の癒しと医療安全のためのピアサポート」というテーマでの講演を行っていたが、「医療事故等の激甚化の兆し」のある昨今、特に時宜を得たものであったと思う。同氏は、「被害後の対応:患者の安全と関与した医療従事者の回復にピアサポートが重要な理由」を説明していたが、特に「長年にわたり、私たちのシステムは、私たちを無尽蔵の資源として扱い、私たちの身体的、精神的、感情的な健康を無視してきた。私たちはこれを内面化している」こと、及び、「臨床医の過失、感情的な影響」として「悲しみ、恥、自己不信、恐れ、孤立・孤独」を強調していた。そして、その「医療過誤の回復力に関連する要因」として、同僚と話し合うなどのピアサポートの重要性を熱心に説いていたのである。
確かに、今後もピアサポートを充実させていくべきであり、加えて臨床医の「悲しみ、恥、自己不信、恐れ、孤立・孤独」を生じさせないための方策を考えていくべきである。つまり、そもそも医療事故等を激甚化させないことこそが最も重要であろう。
医療安全によるウェルビーイングの向上
世界保健機関(WHO)が交付するWHO憲章の前文の一部において、「Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity」であると明示された。定訳によれば、「健康とは、完全な 肉体的、精神的及び社会的福祉の状態であり、単に疾病又は病弱の存在しないことではない」という意味らしい。それを平易化した公益社団法人日本WHO協会の仮訳によれば、「健康とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが 満たされた状態にあること」とされている。
医療安全との関連で言えば、酒井亮二氏(国際医療安全推進機構(MSPO)理事長 国際医療リスクマネージメント学会(IARMM)理事長)によって、24年5月15日付けMSPOニュースレター で、「医療安全によるウェルビーイング(良好状態)の向上」について述べられている。医療安全の問題としては身体的損傷が一番の問題であるが、医療事故・ミスが起きた時、身体的損傷の他にも患者・家族・関係医療者における精神的障害も指摘されている。そのため、WHOが定義している「健康(Health)」の要素である身体的・精神的・社会的ウェルビーイングの3つを軸として、真の医療安全活動を考えていかなければならないといった内容の文書が発表された。前述した「医療事故等の激甚化」「ピアサポートの必要性」は、主に、「関係医療者」に関するものであったが、もちろん、「患者・家族」に関するウェルビーイングも重要である。その研究としては、福原俊一氏(京都大学名誉教授、福島県立医科大学副学長)の「健康関連QoL:見えない大切なものを可視化する」(24年5月1日、學士會会報第966号)が挙げられよう。以下引用すると、「患者が自分の身体機能やメンタル状態の低下をどの程度感じているか、日常生活・社会生活機能や全体的なウェルビーイングがどの程度損なわれているか…(中略)…が、QoLという概念を構成する基本的要素である」ところ、「健康関連QoLの測定とそれを支えるサイエンス」や「健康関連QoLは、医学・医療分野でどのように活用されてきたか? そして今後どう活用されるか?:測定のための測定から国民の健康のための測定の時代へ」と導く研究である。「健康関連QoLは、…(中略)…自分自身の状態をモニタリングするための重要なツール」ともなりえよう。したがって、今後は、「医療安全」における「患者・家族」のウェルビーイングを考えていく際にも、特に健康関連QoLの研究が一層、必要とされることであろう。
患者・家族のウェルビーイングの一例
最後に、医療安全における患者・家族のウェルビーイングの一例として、「出産」の問題を付記したい。
もともと産科医療に対しては、正常分娩の際に陣痛促進剤を不必要に使い過ぎではないか、との批判が根強かった。不要な医療介入とでも言えようか。それが患者(妊産婦)・家族のウェルビーイングの低下につながる、という主張である。
昨今でも、産科医療機関では「医学的適応のみ無痛分娩対応」の施設に限らず、「希望による無痛分娩対応」という施設も存在し、厚生労働省によって24年5月30日に開設したウェブサイト「出産なび」で明示されたが、「希望による無痛分娩」が果たしてすべて「医療安全におけるウェルビーイングの向上」につながっているのかについては、丁寧な検証が必要であろう。
その他にも、新型コロナ禍の時期に、新型コロナ陽性の妊婦は、症状の有無を問わず、全例帝王切開としていた病院は、約半数にのぼったと言われている問題もあった。新型コロナ禍の初期ならばともかく、毒性がさほど強くなくなっていることが明らかになった時期においても、依然として初期と変わらずに全例帝王切開としていた施設も多かった。これも「医療安全におけるウェルビーイングの向上」という観点からの検証が必要な実例であろう。
LEAVE A REPLY