SHUCHU PUBLISHING

病院経営者のための会員制情報紙/集中出版株式会社

未来の会

第106回「日本の医療」を展望する世界目線 かかりつけ医に対する他産業からの考察

第106回「日本の医療」を展望する世界目線 かかりつけ医に対する他産業からの考察
航空会社からの考察

今回は少し趣向を変えて、他産業との相対で医療界の考察をしてみたい。ここで言う「他産業」とは航空・旅行業界のことで、航空会社や旅行会社の話である。なぜこの産業を取り上げるのか? と思われる人もいるかもしれないが、話を進めよう。

実は、航空業というのは医療分野に非常に似た特徴がある。具体的には、まず手段財であることが挙げられる。手段財とは、目的を達成するために購入する財のことを言うが、医療の場合は健康を達成するために、あるいは病気を少しでも良くするために購入する財であるし、航空会社(のサービス)の場合は、目的地に達するために購入する財である。

さらに言えば、医療における病院の存在と同様、航空業界では空港の滑走路や搭乗口の数には限りがあり、且つ新たに参入するには高い障壁がある点も似ていると言える。ちなみに、航空業界では、マイレージ会員システムなどでのネットワーク効果や規模の経済が存在するが、マイレージに相当するものは、医療分野では、調剤薬局でのポイントくらいしかないので、規模の経済についてもう少し説明しよう。

「規模の経済」とは、簡単に言えば、規模が大きいほど、物などが安く買えたりして利益が上がるということである。もう少し学問的に言えば、変動費に比べ固定費がかなり大きい場合に、固定費の単位当たりのコストが、規模が大きくなればなるほど少なくなることを言う。こういったかたちで、規模の経済が働く産業では、参入のための資本コストは高い。飛行機の機体は大変な高額であり、仮に参入規制がなかったとしても、誰でも航空会社をうまく立ち上げられるとは限らない。医療も初期コストの高さを考えると同様である。このように、構造上似た産業であるから、比較対象として議論する価値があると考えている。

又それ以外にも、わかりやすい例として空港で預けた荷物を挙げると、読者の中にも到着地で、あるいは帰着後の空港で、荷物が出てこなかった経験をされた方は多いのではないだろうか。離陸したが最後、途中下車ができないことはもちろんだが、出発したら問答無用で相手のオペレーションに従わざるを得なくなるのは、さながら手術の時と同様である。

エージェントとしての旅行会社

次に、専門医と患者を繋ぐ役割を持つかかりつけ医を、同じようにエージェントとして「仲介」を行っている旅行業に当てはめながら敷衍してみよう。

というのは、ある外資系の旅行会社で産業医をしているときに、社員からこんな相談があったからだ。彼は、「前日にエアーがキャンセルになった時の航空会社の対応が冷たすぎて、お客さんからのクレームに耐えかねる」ということで悩んでいた。

どういうことかと言うと、渡航の前日に航空会社の都合でエアーがキャンセルになった時に、手数料をもらっている旅行会社としては、できれば間に入って顧客の都合を聞き、顧客に最善の選択肢を示したいのであるが、当の旅行会社は「まずはお客様自身で航空会社に連絡を取ってくれ」と答えるように指示しているというのである(しかし、前日なので顧客が空港に行くことも直談判もしにくい)。そして、話し合いが決裂し、改めて顧客が旅行会社に泣きついてきたら初めて対応してほしいという方針だという。

これは、旅行業法上は正しい。というのは、企画旅行でない場合には、法的には、航空券を発券しさえすれば、仲介会社は義務を果たしたことになるからである。しかし、私の聞いたケースと全く同じだが、同様の対応で納得いかない客は多く、旅行会社に何とかしてくれと頼むであろう。日本の法律ではあるが、どのような背景でこのルールができたのかを筆者は知らない。しかし、顧客のためを思い悩んでいる社員の気持ちは、少なくとも私には共感できた。

かかりつけ医への考察 

これを医療界に置き換え、かかりつけ医の立場から考えてみると、紹介して専門医に繋ぎさえすれば、患者とその先生の相性が悪かろうが何だろうが後は無関係といった感じであろうか。航空会社の荷物の例えがそれに近いが、医療の場合も、本人の手を離れてオペレーションが進んでいくという特徴があるので、もしサービスの満足度を追求するならば間に入るエージェントの存在が重要になる。

とある外資系の旅行会社の例が非常に面白いので紹介しておきたい。この会社は、人を介して行うコンシェルジュ機能とネットのみで行う機能をどうやら分離したようである。ネット専業で言えば、先般booking.comというサービスが、先般宿泊業を営む人にお金を振り込むのが遅れた、あるいは振り込まれなかったということで問題になっていたことが記憶に新しい。ネット企業では、コンタクトが難しいし、契約があったとしても本当にそれを履行してくれるのかどうか、履行されなかったときに直接文句を言う先も明確ではないので、そのためにエージェントがいる。

ただエージェントがネットを重視している場合に、紹介すれば終わりといった極めて限られた機能のみになってしまう可能性がある。法律論を少ししたが、医療の場合のエージェントであるかかりつけ医はこのネットのようにドライな役割だけになってしまうのだろうか。もちろんそちらを好む人もいると思うが、できれば、医療ではヒューマンタッチを忘れないで欲しいと思っている。

患者の意見

参考として、我々の調査の一部を紹介したい。ヘルスリテラシーの高い群と低い群の男女各80名、計320名から回答を得た。得られた回答についてコンジョイント分析を行い、どのようなサービスへの期待が高いのか、属性によって違いはあるのかについて検証した。

コンジョイント分析とは、表明選好法のひとつであり、様々な属性レベルを持つ選択肢(商品やサービス)間の選好を質問することによって、その属性に対する効用値を推定する方法であり、あらゆる価値を計測することができる。同じ表明選好法である仮想評価法が1つの質問で1つの状況や価値しか評価できないのに対して、コンジョイント分析は、1つの調査(質問)で様々な価値を個別に計測することができる。今回の調査では、「予約」「生活習慣病の診療」「重大な説明」「費用」の4つの属性を設け、「予約」で3つ、「生活習慣病の診療」「重大な説明」「費用」で2つの水準を設けた。組み合わせ例の提示はSPSSの直行計画で8種類作成した。回答バイアスを避けるためこれらの組み合わせはWeb画面上でランダムに表示順を入れ替える仕組みとした。

この調査の結果では、予約時の受診内容などの事前相談でAIが選好された。ヘルスリテラシーが高い方が人的なサービスをより好むということがあった。もう1つ差が出たものは費用で、費用の属性は診療報酬の初診料から標準を3000円とし、高価格水準を5000円と設定したところ、ヘルスリテラシーが高い方が安い金額を指向した。

ヘルスリテラシーが高いということは、自身で理解、判断する力があるということを示す。そのため、こういった属性の群は、他人に判断を求める必要が少ないため、より手間のかからない、負担の少ないヘルスケアシステムサービスを選好するであろうという推測をしていたわけであるが、結果はまったく逆のものとなった。

LEAVE A REPLY

*
*
* (公開されません)

Return Top