電子カルテ入力からデジタルツイン迄
生成AIは様々な業界へ影響を及ぼす事が期待されているが、医療業界も例外ではない。ChatGPTの様に文章を自動生成する技術や、Midjourneyに代表される画像生成の手法は、ヘルスケア分野でも応用可能だ。例えば、CT画像から異常を発見して、電子カルテに所見を記入する作業を自動化するといった方法で、医師の業務負担を軽減出来る。
全世界のヘルスケア業界に於ける生成AIの市場規模は、2022年の10億7000万ドルから年平均成長率35.14%で成長し、2032年迄に約217億4000万ドルを超えると予測されている。 病院経営に於いては、業務効率化を図る事によってコストを削減したり、医療データ分析を活用して研究開発を推進したりといった使い方が期待される。
事務作業自動化による省力化と患者対応改善
臨床医は患者の診察記録作成に多くの時間を費やしている。カナダのPrecedence Researchによると、業務時間外に平均して1.77時間を文書作成に要しているという調査結果も有る。生成AIは話し言葉によるメモを構造化された電子健康記録(EHR)に書き写す事で、このプロセスを効率化する。口述された情報を分析した上で、不足している詳細を埋める様臨床医を促し、患者記録へシームレスに統合されたメモが生成される流れだ。モバイルアプリで患者の診察記録を取り、会話形式の構造化されたメモをリアルタイムに生成する方法も考えられる。
又、コミュニケーションの効率化にも寄与する可能性が有る。例えば、受信メールを処理、分類し、適切な応答を選択する事により患者からの問い合わせの確認、緊急メッセージのルーティング、予約リマインダーが生成出来る様になる等、応用範囲は広い。
他にも、不正請求を示すパターン(例えば、実施していないサービスの請求や重複請求)を特定し、医療不正のリスクを低減する事が出来る。潜在的な請求詐欺を検出し、正確な手続きを保証する。これは病院にとってコスト削減並びにリスク低減への効果が期待されるだろう。
日本でも一部の病院では既に、患者対応の改善を目的に、24時間365日のサポートを提供する様、生成AIを搭載したチャットボットの導入が始まっている。これらのチャットボットは一般的な問い合わせ、予約スケジューリング、一般的な情報リクエストに対応し、日常的なやり取りを自動化する為、病院のスタッフはより重要な仕事へ集中出来る様になる。
加えて生成AIは、患者記録、治療結果、病歴等の膨大なデータを分析し、病気の進行を予測して推奨される治療方法を提案する。EHRデータを用いて訓練されたAIモデルの予測に基づき、臨床医は治療の選択肢やリソースの割り当てを行い、患者対応の質を向上させる。或いは、臨床医のセカンドオピニオンとしての役割を果たす可能性を秘めている。医療記録をリアルタイムに分析し、患者にとって分かり易い要約を提供する使い方も考えられる。
所謂、非構造化データ(例:MRIや超音波検査等の診断画像、カルテの文章)を分析し、主に数値からなる構造化データを補完出来るのも利点だ。医師に包括的な患者のコンテキストを提供する為、これ迄難しかった分析を容易にする。
米国企業のJanuaryは、食品の映像からユーザーのグルコース反応を推定し、血糖値の急上昇を防いだり、健康的な食事によるダイエットを支援したりするアプリを開発している。グルコース測定器(CGM)を装着していなくても、最適な食事を選択させるのが狙いだ。
デジタルツインを使ったコスト削減
「デジタルツイン」とは、患者の情報を仮想的にモデル化する手法を指す。遺伝的構成から生理学的反応に至る迄、実際の複雑な要素を考慮したAI技術で、その仮想モデルの中で疾患経路や薬物相互作用を分析する事で、創薬、臨床試験や個別化医療に活用される。コストの掛かる動物実験への依存を減らし、コンピューター上での解析(インシリコ実験)へ移行出来るのが利点だ。
デジタルツインで患者の反応をシミュレーションする為に、生成AIは多様なデータを作り出す。希少な疾患で十分な数の被験者が用意出来ない場合でも、それを補完する情報を提供出来る効果は大きい。特定の疾患向けにカスタマイズされたデータ生成や予測アルゴリズムを通じて、臨床試験の効率を向上させ、医療のコスト削減に寄与する。
個別化医療に於いては、デジタルツインにより、個々の患者に合わせたシミュレーションが実施出来る様になる。特定の患者が治療にどの様に反応するかを予測し、最適な治療方法を発見するのを支援する。
米国企業のUnlearnは、診療データに基づいて実際の患者に関するデジタルツインを作り、治療に対する反応を予想する技術を開発して来た。臨床試験に於いて、対象群に要する人数を削減する為、治験期間の短縮とコスト削減を実現する。
生成AIに基づいた新薬開発
従来の創薬プロセスは膨大な時間とコストを要するものだったが、生成AIはその膨大なデータから有望な薬剤候補を迅速に特定する為、新薬の開発を加速出来る。病院にとっても、より早く最新の治療法へアクセス出来るのが利点となり得る。
加えて、臨床試験プロトコルの最適化にも効果が期待される。臨床試験で求められる特定の患者をセグメントするのは非常に困難であるが、膨大なデータをAIが分析する事で、被験者の候補を効率的に見つけられる様になる。
そして、生成AIには薬事申請の準備を支援し、承認プロセスの高速化に寄与する可能性も有る。例えば、文書作成の自動化やガイドラインの遵守、規制当局とのコミュニケーションの円滑化といった使い方が含まれる。新薬の迅速な導入は、病院の収益性向上に繋がる。
香港とニューヨークに本拠を置くInsilico MedicineはAI創薬の代表的な企業で、特定の疾患に合わせたペプチド、ナノボディ、抗体等、様々な種類のバイオ医薬品の研究開発を行っている。英国オックスフォードに本社を置くExscientiaは、治療の効果を個人に対して最大化する様、最適な治療法をマッチングする技術を開発している。
病院経営に於ける生成AIのROI
これ迄見て来た様に、生成AIはコスト削減や病院業務の効率化へ資する可能性が高い。管理業務を自動化し、臨床医を患者対応へ専念させる事が出来る様になる為、労働時間とコストの大幅な削減に繋がる。
又、診断と治療計画の改善を通し、再入院率やそれに関連するコストを削減出来る可能性も有る。病気の進行を予測し、予防医療を推進して、緊急対応や入院の必要性を減らし、長期的な医療費の節約に繋げられるからだ。患者個人に最適化された対応や、チャットボット等を含めたエンゲージメントの向上は、顧客満足度向上と継続利用に繋がる。病院経営に於いては、業務効率と患者スループット(検査効率)の向上と合わせて、収益の増加に貢献する事が期待される事から、利益投資率(ROI)は高いと言えるだろう。
生成AIは膨大な量の非構造化データを分析し、臨床的な知見に変えられる為、これ迄に蓄積されたデータが活用出来る。他の医療グループやIT企業と連携した上で、研究開発や戦略的な提携へ活かす事も可能だ。
だが、未だ開発競争が始まったばかりの技術でもある為、その利用には課題も有る。例えば、患者の個人情報は確実に保護しなければならない。又、AIが生成した文章や提案された診断、並びに治療方法が不正確であった際のリスクに対処する為、組織的・継続的な検証作業を行う事は欠かせないだろう。
AIの普及が進む中、AIが自動化する範囲と人間が担当する範囲を見直して行く必要が有るだろう。患者へ効果的な治療を提供出来る様、病院経営者や医師の役割を再定義する取り組みが求められる。
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