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未来の会

「国民世論より党内」で6月解散は見送りか

「国民世論より党内」で6月解散は見送りか

「本気の政治改革」勢力が出て来ない自民党の現在地

3補選全敗。厳しい表情で記者団に答える岸田首相

自民党の全敗に終わった4月の衆院3補選は、岸田文雄・首相に「6月衆院解散で勝利─9月自民党総裁再選」シナリオの修正を迫る形になった。自民党は3補選の内東京15区と長崎3区で候補者の擁立を見送って不戦敗。細田博之・前衆院議長の死去に伴う島根1区補選に全力を注ぐ態勢で臨んだが大敗した。1994年の小選挙区制導入以来、自民党が衆院の議席を独占してきた保守王国・島根県での敗北が政権批判の広がりを物語る。

 細田前議長と言えば、裏金事件の中心となった自民党安倍派(清和政策研究会)の元会長として経緯を説明すべき立場にあっただけでなく、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)との癒着も指摘されながら、その問題についても黙して語らぬままこの世を去った人物。その後継候補に議席を許さなかった島根1区の有権者の判断は、裏金事件にせよ、旧統一教会の問題にせよ、真相解明に背を向け、国民への説明責任を果たそうとしない岸田政権に鉄槌を加える意思表示だったと考えるべきだろう。

裏金処分に透けた「総裁選睨み」の思惑

 9月に自民党総裁選を控える岸田首相の選択肢は2つ。衆院3補選で示された有権者の意思を真摯に受け止め、自民党内で抵抗の大きい政治資金パーティーや企業団体献金の禁止に踏み込む「本気の政治改革」を断行した上で6月解散に打って出るか。若しくは、野党の批判を受け流して「おざなりの政治改革」でお茶を濁し、6月解散を見送る代わりに党内の支持を取り付けて総裁再選を図るか。前者は「本気の政治改革」を求める国民世論を重視し、後者は「おざなりの政治改革」で取り繕おうとする党内世論を優先する立場を取る事を意味する。

 「私自身については、政治改革に向けた取り組みをご覧頂いた上で、最終的には国民、党員の皆さんにご判断頂く立場にある」

 岸田首相は4月4日、自民党が裏金事件の党内処分を発表した際にこう述べていた。国民が判断を下すのが衆院選、自民党員に判断を委ねるのが総裁選である。岸田首相はこの時点で「政治改革に全力で取り組む」と語っていたが、結局、4月28日投票の衆院3補選迄に「本気の政治改革」に取り組む姿勢を示す事は無かった。3補選全敗は織り込み済みで、国民に信を問う6月解散を念頭に党内の危機感を煽り、「本気の政治改革」の断行へ向けて党内議論を押し切る覚悟であったなら策士と言えよう。だが、その後も公明党や野党との調整は自民党執行部に任せ切りで、自ら政治改革論議をリードする素振りも見せない所を見ると、岸田首相の意識は総裁選を睨んだ党内世論優先の方向に傾いている様に映る。

 裏金事件を巡る党内処分にしても、あくまで「党内」向けであって、安倍派の幹部2人に対する離党勧告が重いか軽いかは本来、国民に関係の無い話だ。国民に向けてケジメを付けるなら、安倍派でパーティー収入の裏金化が始まった経緯とその責任の所在を明らかにし、裏金を受け取った議員等に辞職と納税申告をさせるのが筋だろう。それを党内処分で済ませて幕引きを図る姿勢自体が内向き過ぎる。処分を受けた39人中2番目に多い約2700万円もの裏金を受け取っていた萩生田光一・前政調会長を「役職停止1年」という軽い処分に終わらせた事に関しては、安倍派の中堅・若手議員に影響力を持つ萩生田前政調会長から総裁再選への支持を取り付けたい岸田首相の思惑を指摘する見方が広がった。

 国民目線から理解し辛いのは、「ポスト岸田」を窺う石破茂・元幹事長や河野太郎・デジタル相が岸田首相に「本気の政治改革」の断行を迫る声を上げない事だ。リクルート事件を切っ掛けとして1990年代初頭に議論された「平成の政治改革」の際には、名だたる有力政治家が事件への関与を指摘される中、自民党内から中堅・若手議員等が政治改革を叫び、93年の自民党の分裂・下野へと繋がった。当時、自民党を離党して細川護熙非自民連立政権に参加した若手議員の1人が石破元幹事長であり、97年に自民党に復党して以降は防衛相、農相等の要職を歴任する一方、長期政権を築いた安倍晋三・首相(当時)の党運営に苦言を呈する等、改革派として存在感を示して来た。河野デジタル相も改革派と目されて来ただけに、この2人の沈黙をどう見るか。

 「自民党の評判は滅茶苦茶悪い。私も38年、国会議員をやっているが、リクルートの時よりも厳しいという感じがしている。やっぱり長い間、政権を持つ驕り、緩み、弛みが出たのだろうと思う」

10月解散で負けても維新と連立?

石破元幹事長は衆院島根1区補選の応援に入った際の演説で危機感を語ってはいた。しかし、具体的な改革の方向性については「派閥からカネ(政治資金)とポスト(人事権)を切り離す」等、岸田政権が示した内向きの弥縫策を正当化するばかり。「野党がダメだから自民党はいい気になったのではないか、何をやったって許されるなんて事になったのではないか」と矛先を野党に向けたのは選挙応援を意識しての事だろうが、自民党内で「本気の政治改革」論議をリードする気構えの無い事は明らかだった。

 石破元幹事長の国民的な人気の高さは、2012年の自民党総裁選に於ける党員投票で安倍元首相を圧倒して以来、各種の世論調査でも継続的に示されて来た。社会調査研究センターが3月に実施した世論調査では「首相になってほしい人」のトップが石破元幹事長(17%)で、2位の小泉進次郎・元環境相(11%)、3位の上川陽子・外相(8%)、4位の河野デジタル相(6%)等を引き離し、岸田首相(3%)は7位に沈んだ。それでも石破元幹事長が「岸田降ろし」の狼煙を上げないのは、総裁選の勝敗を分けるのが国民的人気ではなく、党内議員票だと分かっているからだ。自民党が危機的状況に陥る程に「選挙で勝てるのは石破総裁(首相)しかいない」との期待感が高まる。今、声高に改革を叫んで党内を敵に回すより、内閣支持率が低迷したまま9月の総裁選を迎える方が得策という計算だろう。

 石破元幹事長は21年の総裁選で河野デジタル相を小泉元環境相と連携して支援する「小石河」連合を組んだが、主要派閥の支援する岸田首相に敵わなかった。河野デジタル相は、政治改革に後ろ向きな麻生太郎・党副総裁率いる麻生派に所属しており、今回は身動きが取り難い。9月の総裁選に石破元幹事長と河野デジタル相のどちらが出たとしても、岸田首相との間で「おざなりの政治改革」を前提とした党内議員票の奪い合いとなりそうだ。

 そして、誰が新しい自民党総裁に選ばれても10月解散に踏み切るのが既定路線と見られている。衆院議員の任期は来年10月まで残るが、それ迄に自民党への信頼が回復する保証は無く、この機を逃せば、内閣支持率が低迷したまま任期切れ直前の「追い込まれ解散」(09年)を余儀なくされ、旧民主党に政権を奪われた麻生政権の二の舞を演じ兼ねない為だ。4月の衆院3補選で全勝したとは言え、現在の野党第1党・立憲民主党に09年当時の民主党の様な勢いは感じられない。仮に今秋の衆院選で自民党が大敗したとしても、「多弱化」した野党が非自民連立政権を樹立出来るとは思えず、自民党側には「いざとなれば日本維新の会や国民民主党を連立に加えれば良い」と言う逃げ道も残されている。

 斯くして「本気の政治改革」は打ち棄てられ、石破元幹事長が自虐的に評した「野党がダメだからいい気になった」自民党の政権が存続する事になる。リクルート事件後の日本の政治を覆った危機感は遠い過去の話。党を割ってでも政治改革を追求する若手有望株はもう出て来ないのだろうか。

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