看護師らが身体拘束に抗議する会設立
その道の専門家から「でも仕方がない」という言葉を聞くと、失望を通り越して悲しくなってくる。顧客のために全力を傾けても、良い結果にならない事は当然ある。だが、プライドをかけて仕事に臨むプロフェッショナルは、早々に泣き言を吐いたりはしない。
ところが質の悪い精神科病院では、この情けない言葉が飛び交っている。特に、身体拘束に関わる看護師たちがこの言葉を多用する。「スタッフが足りないから仕方がない」「患者が落ち着かないから仕方がない」「暴れるかもしれないから仕方がない」……。
精神科病院は、確かにスタッフが少ない。過酷な労働環境も、筆者はよく分かっているつもりだ。暴れる患者はいるし、殴りかかられることもある。それでも、人間のこころを扱う職場で「仕方がない」を簡単に使ってはいけない。一度使い始めたら、身体拘束が際限なく乱用されかねないからだ。現に、暴れていない患者に違法な身体拘束を行って、突然死を招いた病院もある。
身体拘束は治療ではない。縛れば縛るほど患者の心身の状態は悪化し、縛られた屈辱やトラウマが残り続ける。それなのに、治療の一環だと称して身体拘束を繰り返す病院もある。こうした病院では医師や看護師の力が育たず、身体拘束がますます増えていく。「早く寝たきりになって欲しい」という福祉施設の願いを受けて、徘徊する認知症患者らを入院させて縛り付け、足腰を弱らせた上で施設に戻す極悪病院も存在している。
2023年秋、精神科の看護師と作業療法士のグループが「身体拘束を考える精神医療従事者の会」を立ち上げた。同会は設立趣旨をこう記している。
「精神病院では患者を縛るという原始的な方法をとり、身体拘束による後遺症や死亡など、多くの被害者を生み出しています。身体拘束行為は暴力であり、治療ではありません。適切な身体拘束などというものはあり得ません」
「私たち精神医療従事者は、精神医療の専門家として、人を縛る身体拘束がその人の回復を遠ざけることを知っています。人を縛らず、その人の回復をサポートしていくのが精神医療の専門家としての仕事であると考えています。専門家であるならば、『仕方ない』という言葉は使いません。当会は、『身体拘束』という原始的な方法をとらず、人権擁護に基づいた精神医療の提供を考えていく会です」
同会代表で看護師の浅野暁子さんは「精神医療の現場における人権侵害は、医療保護入院や超長期入院など多岐に渡りますが、私たちは、極めて重大な人権侵害である身体拘束に焦点を当てて、まずはそこを打破することで、精神医療従事者の考え方の転換につなげたいと考えています。身体拘束をされた被害者は非常につらい思いをされていますが、精神医療従事者も『このような人権侵害はやりたくない』という意思表示をしたいのです」と語る。
近年、看護力を高めて身体拘束を減らす精神科病院が増えている。だが、楽をするために縛り付けを止められない病院も多く、二極化が進んでいる。同会は、Webサイトに「身体拘束に関する情報提供窓口」を設けて、医療従事者からの情報(身体拘束の濫用、死亡例、後遺症例、トラウマが残った例など)を求めている。
ジャーナリスト:佐藤 光展
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