健康経営とエンゲージメント
繰り返しになるが、健康経営とは、従業員の健康保持・増進の取り組みが、将来的に収益性等を高める投資であるとの考えの下、健康管理を経営的視点から考え、戦略的に実践することである。経済産業省から提言されている「健康経営の増進について」においても、企業が経営理念に基づき、従業員の健康保持・増進に取り組むことは、従業員の活力向上や生産性の向上等の組織の活性化をもたらし、結果的に業績向上や組織としての価値向上へ繋がることが期待されている。
一方でエンゲージメント(ここではワークエンゲージメントの意味)は、仕事に関連するポジティブで充実した心理状態であり、活力、熱意、没頭によって特徴づけられる。「エンゲイジメントは,特定の対象,出来事,個人,行動などに向けられた一時的な状態ではなく,仕事に向けられた持続的かつ全般的な感情と認知である」とシャウフェリらは、ワークエンゲージメントを定義している1)。
健康経営におけるエンゲージメントは、企業が従業員の健康投資を行うことにより発生する社員のワークエンゲージメントだ。これを高めることで生産性向上やイノベーションの拡大を促し、良いサービス・製品を生み、企業価値が上がることが期待されている。ひいては個人のウェルネスに繋がると思われる。
ワークエンゲージメントの効果
企業が健康経営を実施するということはどういうことなのか? 経産省が提示している健康経営の効果には、企業理念をベースにし、人的資本に対する投資(従業員への健康投資)をすることで従業員の健康増進や従業員の活力が向上することと表現されている。その結果、経営課題解決に向けた基礎体力の向上や組織の活性化が期待され、生産性の向上からイノベーションの源泉の獲得・拡大に繋がり、業績向上や企業価値向上に結び付くと考えられている(下図)。
それでは、その効果をどのように検証していくのか? 経済産業省が発表した「健康経営銘柄2021選定基準及び健康経営優良法人2021(大規模法人部門)認定要件2)」を見てみよう。リンク先の表では、大項目の「1.経営理念」、「2.組織体制」に次ぐ「3.制度・施策実行」の中項目に「健康経営の実践に向けた基礎的な土台づくりとワークエンゲイジメント」の記載がある。さらにここには小項目として「ヘルスリテラシーの向上」「ワークライフバランスの推進」「職場の活性化」「病気の治療と仕事の両立支援」が掲げられている。
それぞれの具体的な「評価項目」は、順に「管理職又は従業員に対する教育機会の設定」「適切な働き方実現に向けた取り組み」「コミュニケーションの促進に向けた取り組み」「病気の治療と仕事の両立促進に向けた取り組み」であった。果たして、これらの4つの項目を満たすことで従業員のエンゲージメントを高めることができるのであろうか。
注目すべきデータとして、経産省ヘルスケア産業課が2022年6月に報告している「健康経営の推進について」では、米国民間調査会社のエンゲージメントの効果に関する報告が記載された。
米国ギャラップ社では、エンゲージメントの状態について毎年全世界で200社(200万人)に調査を実施し、優秀企業をGGWA(Gallup Great Workplace Award)として毎年表彰している。12〜16年に表彰された企業のうち17社を対象にエンゲージメントとEPS(1株当たり当期純利益)の伸び率との関係性についての調査を実施したところ、それらは同業他社と比較しEPSの伸び率が4.3倍となったという。
なぜエンゲージメントの状態が良い企業ではEPSが上がるのか、日本企業に限定すると同じ事が言えるかは不明であるが、企業が健康経営に取り組む意義の後押しになることは間違いない。ちなみにワークエンゲージメントの国際比較を検討した報告があるが、日本は先進国の中でも低い傾向にあった。
日本型健康経営の課題背景
米国調査会社の報告はあるものの、日本企業における同様の報告は見当たらない。そこで日本企業独自の視点から健康経営の問題点を整理したい。
戦後日本の大企業は製造業を中心に日本経済の発展に大きく貢献してきた。プロダクトアウトのマーケティング手法で多くの生活家電や車などを市場に投入して、国民の生活を快適かつ豊かにしてきた。従業員の視点で考えると終身雇用制度を運用し、キャリアのない大量の学生を一括採用し、雇用の受け皿としての役割も担ってきたのも事実である。現在のVUCA時代と違い、人財の多様性よりも決まった事業計画や生産計画を着実に遂行する人財が最も優遇され、会社も従業員をある一定の方向に動くようマネジメントをしてきた。
大量生産大量消費の時代で労働時間が長ければ長いほど働いていると評価された時代であり、ワークライフバランスという言葉も存在していなかった。その結果、従業員は自主性を強く求められることがなかったり、考えたりしなくてもよかったのである。
しかしながら、IT化やプラットフォームビジネスモデルが登場し、あっという間にモノや情報があふれる社会に突入した。これにより業務が効率化され、プロダクトアウトからマーケットインの時代に入り、人財の多様性やイノベーションの重要性が叫ばれるようになった。GAFAMなど新しい世の中の仕組みを作る企業が現れる中で、日本企業の従業員も多様性と自主性が強く求められてきたわけである。
健康経営とウェルネス
現時点では、健康経営の取り組みを特定の部署が取り組んでいるだけになっている可能性がある。人事部が社内報などを活用し、健康経営の宣伝活動を行ったり、健康管理室と連携し、健康診断受診やアプリを活用したりと、予防行動変容を促す取り組みを積極的に行っている企業も散見される。
しかし、それは日本企業が従来から行ってきた企業主導で従業員を管理することであり、従業員の自発性を奪ってしまっていることにもなりかねない。
そうした管理型マネジメントを脱却できない企業がまだ多く存在し、それに順応してしまっている従業員が存在していると推察することができる。枠組みとして、健康経営はうまく活用することで企業も従業員も健康体質になり、企業価値を高めていくことには有効であると考える。しかし、健康経営が企業側だけではなく、従業員個人やその家族までが自主的に取り組むには、自分の働き方を改めて考えること、さらには生き方を考え直すことが重要になってきているのではないかと考える。それがあって、勤務先企業の健康経営の取り組みに対する満足感や自身の効果実感が得られ、浸透していくことが期待できるわけである。それこそがウェルネスではないだろうか。
参考
1)島津明人「ワーク・エンゲイジメントに注目した個人と組織の活性化」
日本職業・災害医学会会誌,63:p205,2015
2)「健康経営銘柄2021選定基準及び健康経営優良法人2021
(大規模法人部門)認定要件」(掲載:北海道経済産業局HP
https://www.hkd.meti.go.jp/hokch/20210308/daikibo.pdf
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