死因究明等推進計画の見直し
2024(令和6)年4月5日、死因究明等推進計画検証等推進会議が、「死因究明等推進計画検証等推進会議報告書」を取りまとめて公表した。その「3 死因究明等に関し、講ずべき施策」「(5)死体の検案及び解剖等の実施体制の充実(法第14条)」のうちの(検案の実施体制の充実)には、14頁の番号52に「○ 厚生労働省において、検案が専門的科学的知見に基づき適正に実施されるよう、検案に従事する臨床医等が、死因判定等について悩んだ際に法医学者に相談することができる体制を、引き続き、全国的に運用し、より一層その普及啓発を進めるなど、相談体制の充実を図る(厚生労働省)」と定められている。
これをあらかじめ想定して、厚生労働省は、「令和6年版死亡診断書(死体検案書)記入マニュアル」(以下、単に「マニュアル」という)に関して、「よくある質問」の項目を新設した。その10番に以下の質問を設定している。
「警察からの依頼で、検視の立会いとそれに伴う死体検案業務に従事することになりました。ご遺体の状況も普段診察する患者と異なることが予想され、正しく死因判定ができるか不安です。相談できるところはありますか」これに対する回答は下記の通りである。
そのような趣旨を含んだマニュアルの改定であったためか、微妙ではあるが、「死亡診断書」よりも「死体検案書」に誘導される部分が増えたように思う。ただ、全般的には、「死亡診断書」を作成できる場合がクリアーになったので、良好な改定であったように感じてはいる。
マニュアルの一番の改定ポイント
24年3月28日発出の「厚生労働省医政局医事課、政策統括官付参事官付人口動態・保健社会統計室」の事務連絡にあるとおり、今回の改定の一番のポイントは、「生前に診察を担当していなかった医師であっても、同一医療機関内で情報を共有する等により、死亡した患者の生前の心身の状況に関する情報を正確に把握できている状態であって、死後診察を行った上で生前に診療していた傷病に関連する死亡であると判定できる場合には、死亡診断書を交付することが可能である旨が明記され」たことであった。
この点は、マニュアル6頁の〈患者の生前に診療を担当していなかった医師が診察を行う場合〉の箇所に、「同一医療機関内で情報を共有したり、生前に診療が行われていた別の医療機関や患者の担当医師から生前の診療情報の共有又は提供を受ける等して、死亡した患者の生前の心身の状況に関する情報を正確に把握できた場合に限り、患者の生前に診療を担当していなかった医師でも、死亡後に診察を行った上で、生前に診療を受けていた傷病に関連して死亡したと判断した場合には、死亡診断書を交付することが可能です」と明記されたのである。
つまり、一見すると、「患者の生前に診療を担当していなかった医師」にまで、死亡診断書の作成権限を広げただけのようにも読めてしまう。ところが、それと背中合わせで、「死後診察」をより一層、強調するようにニュアンスが変化している。
たとえば、マニュアル6頁の〈患者の生前に診療を自ら担当していた医師が診察を行う場合〉の箇所には、わざわざ一般論として、「診療中の患者が死亡した場合、これまで当該患者の診療を行ってきた医師は、たとえ死亡に立ち会えなくとも、死亡後改めて診察を行い、生前に診療していた傷病に関連する死亡であると判定できる場合には、医師法第20条本文の規定により、死亡診断書を交付することができます。この場合は死体検案書を交付する必要はありません」と述べているのであった。さらには、今回わざわざ「医師・歯科医師の皆さまへ 死亡診断書(死体検案書)記入マニュアル 令和6年度版 改正点のご案内」というパンフレットを作って、「患者の死亡後に死後診察を行うこと」「死後診察を行わず死亡診断書/死体検案書を交付すると、無診察治療(=医師法・歯科医師法第20条違反)に該当する恐れがあります」と念押しまでしているのである。
死後診察の不要なケース
もともと法律(医師法第20条ただし書き)では、あっさりと「但し、診療中の患者が受診後24時間以内に死亡した場合に交付する死亡診断書については、この限りでない。」と述べるに過ぎなかった。そして、このことを行政通知である「医師法第20条ただし書の適切な運用について(12(平成24)年8月31日付け医政医発0831第1号)」によって、「医師法第20条ただし書は、診療中の患者が診察後24時間以内に当該診療に関連した傷病で死亡した場合には、改めて診察をすることなく死亡診断書を交付し得ることを認めるものである」として再確認しただけのものに過ぎなかったのである。しかしながら、以前のマニュアルで「死後診察」が不要な場合を限定的に述べ、さらに今回は、マニュアル7頁で、「例外」と強調して明示しつつ、「【例外:死亡後に改めて診察を行うことなく死亡診断書を交付できるケース】最終の診察後24時間以内に患者が死亡した場合においては、これまで当該患者の診療を行ってきた医師は、死亡後に改めて診察を行うことなく『生前に診療していた傷病に関連する死亡であること』が判定できる場合(※)には、医師法第20条ただし書の規程により、死亡後に改めて診察を行うことなく、死亡診断書を交付できます。※医師が、死亡後に改めて診察を行うことなく『生前に診療していた傷病に関連する死亡であることが判定できる場合』としては、たとえば当該患者の死亡に立ち会っていた別の医師から死亡状況の詳細を聴取することができる等、ごく限られた場合であることにご留意ください。なお、このような場合であっても、死亡診断書の内容に正確を期するため、死亡後改めて診察するよう努めて下さい」という部分はかろうじて残したものであった。
したがって、実務上は、「診察後24時間以内の患者死亡」であれば、必ずしも厳格に「死後診察」を要求しない運用の余地もあり、かつ、そのような慣行の維持が望まれるところであろう。
異状死体等の届出義務との完全分離
かつては、「死亡診断書」「死体検案書」の区分と、医師法第21条の異状死体等の届出義務との関連性が論じられることがあった。ところが、異状死体説(外表異状説)が確立してからは、それらの関連が語られることが少なくなっていたように思う。そして、今回のマニュアル改定とQ&Aで、その一層の明瞭化が図られた。マニュアル6頁では、「死亡診断又は死体検案に際して、死体に異状が認められない場合は、所轄警察署に届け出る必要はありません」と明記している。また、前掲の「よくある質問」の8番でも、「交付すべき書類が『死亡診断書』であるか『死体検案書』であるかを問わず、異状を認める場合には、所轄警察署に届け出てください」と逆の書き方ではあるが、明瞭な回答が作られた。
以上の次第であるので、死亡診断書は死亡診断書として、そして、異状死体は異状死体として、それぞれを完全に分離して判断すればよいことが明らかにされたのである。
大切なことは、改定されたマニュアルに準拠しつつも、現場の医師として責任を持って、できるだけ死亡診断書として充実した診断と記載をすることだと思う。今まで気にしていた「異状死体等の届出義務」に萎縮しなくてよくなりつつあり、芳しい傾向だと言ってよい。
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