厚生労働省は厚生年金の保険料を決める見做し賃金、標準報酬月額について、上限を引き上げる検討に入った。加入者の6・3%、約264万人の負担増に直結し、企業の使用者負担も増すとあって実現の見通しは立っていない。それでも昨年に続いて今期の春闘も賃上げ基調に有る。上限引き上げは年金財政への好影響も見込める事から、同省は2025年の次期年金制度改革に合わせた改定を見据えている。
厚生年金の保険料は、基本給に通勤手当を含む各種手当を加えた4〜6月の支給実績の平均を元に毎年9月に決まる。標準報酬月額は8万8000円(月収8・3〜9・3万円)を下限に、上限の65万円(同63・5〜66・5万円)まで32等級に分かれている。
例えば月収64万円なら標準報酬月額は65万円と見做され、これに18・3%を乗じた金額(11万8950円)を保険料として労使で折半する。標準報酬月額は65万円が上限の為、給与が100万円を超える人でも月収65万円と扱われ、納付期間が同じなら月収64万円の人と保険料も老後の給付も変わらない。
標準報酬月額は厚生年金が32等級なのに対し、健康保険は50等級とより細分化されていて、上限は139万円と年金の倍以上だ。医療の場合、収入による保険料負担の格差が大きくとも治療等の給付面では格差が生じない。一方、年金は保険料負担の差が老後の給付格差に繋がる。この為上限を低く設定し、高所得層への給付額を抑えている。
年金の上限は「現役被保険者全体の平均標準報酬月額の概ね2倍」となる様設定されている。前回は20年9月に見直し、それ迄31等級(62万円)だったのを32等級(65万円)に増やした。22年3月末の全被保険者の平均標準報酬月額は32万7278円。「2倍ルール」に従って2を掛けると65万4556円となり、65万円を上回る。23年は賃上げが続いた上、24年も同様の傾向が続くと見られ、等級を増やして上限を引き上げる条件は満たされそうだ。
ただ、上限の引き上げに対しては、中小企業関係の団体等、負担が増える経済界の一部から「賃上げ努力に水を差す」等と早くも反発する声が出ている。とはいえ、厚労省の調査では、上限の収入を得ている人の39・6%はボーナスが0円となっている。ボーナスを無しにして月給に付け替え、ボーナス分の保険料負担を免れている企業が有る事を裏付けている。同省幹部は「標準報酬を巡って後ろ暗い行為をしている企業は少なくない」と指摘する。
健康保険の場合、上限に達する収入を得ている人は約33万3000人。全体の1%に満たず、年金の6・3%を大きく下回る。加えて年金の場合、男性に限れば上限該当者が9・2%(約232万人)に上り、「最多数派」を占める。他の等級は多くとも6%台に止まっており、上限に達している層が突出している。
年金の標準報酬月額の上限を引き上げると、該当者の年金給付は報酬比例部分こそ増すものの、基礎年金部分は変わらない。又、負担が給付に反映されるのは老後の為、当事者が現役の間は新たな負担分も積立金に回って運用益が増す。所得再分配効果が高まり、低所得層の年金も底上げされる効果が有る。
前回、20年の等級増は20年ぶりの上限引き上げだった。デフレ下で賃金が一向に上がらず横ばい続きだった事による影響だ。当時とは経済環境が異なりデフレ脱却に向けて賃金上昇が見込まれる中、厚労省幹部は「現状は高所得層から負担能力に応じた保険料徴収が出来ていない」と言い、「等級を増やせば報酬比例分の給付格差は広がるけれど、同時に再分配機能も高まる事に着目して欲しい」と話す。
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