裁判でも人間扱いされない死亡男性
2023年11月28日、川崎・長男監禁死亡事件の判決が言い渡された。横浜地方裁判所は、長男の横山雄一郎さん(当時37歳)を自宅で拘束した父親の逮捕監禁罪を認めて、懲役3年、執行猶予5年とした。しかし、保護責任者遺棄致死罪については無罪とした。
事件は21年9月に発覚。「息子が亡くなった」との通報で捜査員が川崎市麻生区の横山家に駆けつけると、全裸の雄一郎さんが1階廊下に横たわり、排泄物にまみれた状態で死亡していた。足には足錠がかけられていた。
雄一郎さんは都内の有名大学に在学中、メンタルヘルス不調に陥って自宅にひきこもり始めた。家族が区役所などに相談したこともあったが、受診には至らず年月が過ぎ、孤立を深めた雄一郎さんの精神状態は悪化していった。
21年5月、全裸で家の周囲を徘徊したため、世間体を気にした父親が2階に監禁。手錠と足錠をかけてワイヤーでつなぎ、そこにロープを結んでドアに括り付けるなどして、屋外に出られないようにした。同年8月半ば、雄一郎さんは階段の途中で頭を下にして宙づり状態になった。気付いた父親がロープを切ると1階まで転げ落ち、廊下に仰向けで横たわったまま動かなくなった。この時、既に脳出血による右半身麻痺が生じていたとみられる。家族は以後も食事を与えたが救急車を呼ばず、雄一郎さんは褥瘡からの細菌感染で9月6日に死亡した。
検察は「医療機関などに相談する機会は幾度となくあった。しかし、世間体を気にして監禁し、最低限の対応に終始した。人としての尊厳を奪われたまま死亡させたことは非常に悪質」などとして懲役6年を求刑。一方、弁護側は「監禁は近隣住民への迷惑を考えて、やむにやまれず行ったもの。健康状態を確認しながら世話をしていた」などと主張した。検察の主張は真っ当であり、近所迷惑だから家人を縛るなどという暴挙が法治国家で許されるはずはない。
保護責任者遺棄致死罪については、酷い褥瘡などの深刻な容態を父親が認識していたかが争点となった。検察は、廊下に倒れて1週間位で、体の右横に虫がわいたとも指摘したが、裁判所は「被害者の体に虫が付着している状況を被告人が見たという証拠はない」として認めなかった。
転落後から死亡するまで、雄一郎さんがほとんど動かなかったことを父親はどう考えていたのか。裁判所は判決理由の中で、「従前から続く異常行動のひとつ(嫌がらせ等)に過ぎないものと被告人が考えたとしてもあながち不合理とはいえない」などと不合理極まりない見解を示した。人間が階段から落ちて動かなくなったら、直ぐに救急車を呼ぶのが発見者の務めである。褥瘡ができるまで放置すること自体、あり得ない。精神障害者が倒れていても、いつもの異常行動かもしれないから心配して助けてやる必要はない。放置したことで死んでも罪に問わない。そんな恐るべき見解が裁判員裁判で示されたことに、日本の計り知れない闇を感じる。この事件を取材してきた新聞記者は筆者にこう語った。
「裁判では家族の大変さばかりに焦点が当たり、追い込まれていった被害者のつらさや、その人生に思いを巡らす場面はほとんどありませんでした。被害者は裁判の中でも人間扱いされていなかった。そこに一番、恐ろしさを感じました」
ジャーナリスト:佐藤 光展
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