囁かれ始めた「新総裁で衆院解散」の新年シナリオ
地元広島で主要7カ国首脳会議(G7広島サミット)が開かれた2023年は、岸田文雄・首相にとって人生最良の年となる筈だった。実際、ロシアのウクライナ侵攻と中国の覇権的台頭に揺れる国際社会の議論をG7議長国としてリードして来た自負も有るだろう。しかし、華々しい「岸田外交」の成果は国民の胸に響かず、報道各社の世論調査で内閣支持率が20%台に沈む苦境の中、政権の存続を懸けた勝負の新年を迎える事となった。
岸田首相は何処で打つ手を誤ったのだろう。本人は「何も悪い事はしていないのだが」とこぼしているという。
その気持ちは分からないでもない。5月のG7広島サミットを追い風に衆院解散・総選挙に踏み切ろうとしたが、その時も内閣支持率の低落に阻まれた。支持率を下げた要因は、マイナンバーカードを巡って相次いだトラブルや、世界的な資源・食糧価格の高騰と円安による物価高だったが、何れも安倍晋三・元首相、菅義偉・前首相から引き継いだ負の遺産とも言えるものだ。自民党政権として責任を免れるものではないが、岸田首相が悪い事をした訳ではない。強いて言うなら、首相就任から1年以上経っても負の遺産を清算出来なかった「罪」とどう向き合うかが問われているのではないか。
「増税メガネ」が演じた「減税」失策
外交面では、プーチン・ロシア大統領や習近平・中国国家主席への接近を図った「安倍外交」からの軌道修正を進め、中国やロシア等の権威主義国家と対峙する民主主義国家陣営の結束に貢献して来た。しかし、内政面ではアベノミクスの出口戦略を描けないまま、その当然の帰結とも言える円安インフレに翻弄されている。22年末に防衛費の大幅増を決めた際、財源の一部を増税で賄う事に岸田首相が拘った背景には、安倍元首相肝煎りの防衛費倍増へ舵を切る代わりに、大規模な金融緩和と財政出動で円の価値を毀損して来たアベノミクスからの軌道修正を図る狙いが有った。4月の日銀総裁交代人事もその流れに位置付けられたが、円安インフレの進行を前に手遅れ感は否めず、対症療法的にガソリン価格や電気・ガス料金を抑える物価対策は講じて来たものの、政権の「無策」を批判する国民世論の高まりを抑える事は出来なかった。
岸田首相の大きな誤算となったのが、防衛増税の方針に反発した国民の間に「増税メガネ」の渾名が拡散した事だ。23年の年初に打ち上げた「異次元の少子化対策」も国民負担の増加を予感させ、「増税メガネ」の悪評に拍車を掛けた。この少子化対策にしても、旧民主党政権の掲げた「子育ては社会で」の理念を否定し、「子育ては家庭で」と自助に拘った安倍政権期の停滞を指摘しておかなければならない。同じく「子育ては家庭で」と唱える世界平和統一家庭連合(旧統一教会)と自民党の癒着を断ち、公助の強化へ舵を切る好機と捉えた岸田首相の判断は間違ってはいない。だが、国民の目には、防衛費倍増への批判を交わす為に「子供予算倍増」を打ち出した様に映り、そのツケを国民に押し付ける姑息な政治家というイメージが「増税メガネ」の渾名に染み付いてしまった。
岸田首相本人にしてみれば「何も悪い事をしていない」は本音だろう。しかし、国民の多くは「国民の為になる良い事は何もしていない」と感じている。このすれ違いを生んだ責任は偏に首相に在る。政権の理念を提示し、政策の目的と国民の負担に理解を求める事こそが政治家の説明責任であり、政治家の能力が問われる肝の部分で岸田首相は失態を演じたのである。その最たる例が「減税」失策だ。
防衛増税にしろ、少子化対策にしろ、安倍政権の負の遺産を清算する政治家としての信念が在るならそれを国民に説明すべきだった。そこを曖昧にしたまま「増税メガネ」批判をかわそうと唐突に打ち出したのが1人当たり4万円の定額減税だ。岸田首相が「税収増を国民に還元する」「デフレ脱却を完成させる」等の減税目的を語っても真に受ける人は少ない。一方的に国民に増税を押し付けようとして、批判が強まったら慌てて減税を打ち出すご都合主義。減税を餌にすれば国民が靡くと考える不遜さ。見下されたと感じた国民の強い反発が内閣支持率の急落という「罰」を首相に科した形だ。
自民・公明支持層で進む「岸田離れ」
大学発ベンチャーの調査機関「社会調査研究センター」(社長=松本正生・埼玉大学名誉教授)が12月に実施した世論調査で、回答者から寄せられた岸田首相に対する意見をホームページで公開しているので首相にも是非ご覧頂きたい。辛辣な「増税メガネ」批判も然る事ながら、注目すべきは「他の派閥を気にして自分の信念を持った政治をしていないし、国民の生活状況が分かっていない」等、首相の信念や政治姿勢を疑う声の数々だ。「外交もいいですが、先ずは国民の声をきちんと聞いてください」等、岸田外交を評価しつつも内政面の対応に不満をぶつける意見も有った。批判的な意見に共通するのは、国民と向き合わない首相への不信感だ。
同センターの世論調査は、報道機関が行う電話調査と異なり、NTTドコモの運営するポイントサービス「dポイントクラブ」の会員約6500万人を対象にインターネット上で無作為抽出調査を行う。スマートフォンで手軽に回答出来る事から、庶民の感覚に近い調査結果が得られる印象だ。同センターの世論調査によると、G7広島サミット後の6月には31%あった内閣支持率が12月には17%まで落ち込んだ。同センターがホームページで公開した分析記事は与党支持層の内閣支持率に着目。自民党支持層の内閣支持率は6月の70%から12月には54%まで下落した。公明党支持層は12月調査で内閣支持43%・不支持51%と不支持が上回ったという。
自民党支持層と同列に語れるものではないが、内閣支持率が低迷しても自民党内から「岸田降ろし」の動きが出て来ないのは、岸田首相が安倍派、麻生派、茂木派等の主要派閥に支えられ、党内基盤が盤石と見られているからだ。過去に小渕恵三・元首相や麻生太郎・元首相の内閣支持率が低迷した時、「参院自民党のドン」と言われた青木幹雄・元官房長官が「世論の支持と党内の支持を足して100在ればいい」と語ったとされる。内閣支持率が低くても党内基盤が強ければ政権は安泰という趣旨だったが、長らく「青木の法則」として語り継がれて来た。
24年9月には自民党総裁選が予定され、岸田首相にとっては総裁再選を勝ち取って長期政権に繋げられるかどうかの勝負の年となる。総裁選では国会議員以外に党員や地方議員の投票も行われる。衆院・参院の選挙を見据える国会議員達も世論は無視出来ない。自民党支持層の「岸田離れ」が党内の主要派閥に波及すれば、総裁再選は危うくなる。
社会調査研究センターの12月調査では、岸田首相に何時まで首相を続けて欲しいと思うかを質問。「早く辞めてほしい」が51%を占め、「来年9月の自民党総裁任期まで」が23%、「できるだけ長く続けてほしい」が7%だった。自民党支持層でも「来年9月の自民党総裁任期まで」の38%と「早く辞めてほしい」の24%を合わせた6割超が岸田首相の総裁再選を望んでいない。永田町では「岸田首相の総裁選出馬断念──新総裁の下で秋に衆院解散・総選挙」という新年の政局シナリオが囁かれ始めている。
岸田首相は今後、国民の支持を取り戻せるのか。年末に噴き出した自民党の派閥政治資金問題を解決すべく、首相自らがリーダーシップを発揮出来るかが試金石となりそうだ。「自分は悪い事はしていない」では済まされない重大局面である。
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