厚生労働省の調べで、2022年に介護関係の就労者数が初めて前年を下回った事が分かった。賃上げが広がる他業種へ流出した人の増加が要因という。来年度の介護報酬改定に向けて介護職の処遇改善策の議論も本格化しているものの、財源の壁は厚く同省内には懸念が広がっている。
横浜市の男性(44)は今年7月、7年務めた介護職に見切りを付け、ホテル業界に転身した。仕事自体は好きだったものの、月の手取り約23万円は大半が家賃と食費に消え、貯蓄等とても出来ない。男性は「結婚は諦めつつあるけど老後の不安が募り、決断した」と寂しそうに笑う。
この男性の様に、介護職から他職種へと転じる人が増えているという。厚労省が雇用動向調査を基に介護職への「入職率」と「離職率」の差を調査したところ、22年は前年より1・6%(約6万3000人)減っている事が判明した。従来は何とかプラスが続いていただけに、同省は「人手不足に拍車が掛かる」(幹部)と深刻に受け止めている。
介護職は過酷にも拘わらず、待遇が多職種より見劣りする事が要因となって人材不足を招いて来た。同省も手を拱いていたばかりではなく、処遇改善の為の加算等を進めて来た。10年前と比べると、介護職の給与は月額で4万円近く上がっている。
しかし、物価高騰を背景に他職種では賃上げが相次ぐ。その点、介護職の給与は40歳以上に義務付けられている介護保険料が財源で、報酬の改定は3年に1度。他職種とは時差が有る上、アップすれば国民の負担増に繋がる事から急激な引き上げは難しい。
この為他職種の給与水準に追い付く事が出来ず、厚労省による22年の「賃金構造基本統計調査」によると、全産業の平均給与(賞与込み)が月36万1000円なのに対し、介護職は月29万3000円と7万円近い差が生じている。今年の春闘で民間主要産業の賃上げ率は3・58%と30年振りの高水準だった一方で、介護職は1・42%に留まった。
こうした中、政府は介護職等の処遇改善策として、11月2日に閣議決定した総合経済対策に月6000円賃上げする方針を盛り込んだ。ただ、6000円増の水準について、武見敬三・厚生労働相は一旦「恐らく妥当な線になって来ると思う」と語った後、「不十分な水準」との批判を受けて釈明に追われる一幕も有った。
今、介護が必要な高齢者は約700万人。今後増え続ける見通しで、25年度には745万人、40年度には872万人に上ると推計されている。これに対し、足元で必要とされる介護職員数は約233万人なのに、実数で見ると215万人(21年度)しか居ない。介護労働安定センターの調査によると、介護施設の63%が人手不足を感じているという。が、要介護者の増加に応じ必要な介護職は25年度に243万人、40年度は280万人とされる。22年の就労者数減は、従来の人員確保策に冷や水を浴びせる結果となった。
「賃上げで介護職員を確保する方向で議論しないと、サービスの維持すら困難になる」。10月23日の介護報酬を議論する審議会では、委員から懸念が相次いだ。だが、政府は少子化対策の財源として介護保険から捻出する事も視野に入れる等、矛盾も目に付く。又ロボットの活用や介護のICT(情報通信技術)化を進め人材不足の緩和を図ろうと躍起だが、決定打にはなりそうにない。
或る厚労省OBは「現役時代、『介護難民』という言葉を避けて来たが、介護からの人材流出を食い止めないと、本当にこの国は介護難民で溢れ返ってしまう」と危機感を募らせている。
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