SHUCHU PUBLISHING

病院経営者のための会員制情報紙/集中出版株式会社

未来の会

第100回「日本の医療」を展望する世界目線 ウェルネスという概念とマーケティング③

第100回「日本の医療」を展望する世界目線 ウェルネスという概念とマーケティング③

今まで2回にわたり、マーケティングの考えの変化を述べてきた。簡単に言えば、医療分野でもマーケティングという考え方は広がってきているということになるが、その周辺の健康確保や予防関連分野の方が、むしろマーケティング概念の活用が多そうである。

では、ヘルスケア分野にウェルネスという概念を当てはめ、マーケティングの観点から考えてみるとどうなるだろうか。ポイントは、健康とは経済学で言えば手段財、つまり健康(になること)は目的ではなくて手段だという点である。

ニーズ(目的)とウォンツ(手段)

ここで注意が必要なのは、生活者自身が健康というものをあまり意識していないということだろう。健康は空気のようなもので、多くの人にとって「当たり前」なのである。

マーケティングでは、顧客が求めるものとして「ニーズ」と「ウォンツ」を区別している。ニーズには、自分で自覚している「顕在ニーズ」と、自覚していない「潜在ニーズ」の2種類がある。そして、ウォンツはニーズのような漫然と欲している状態ではなく、具体的な欲求のことを指す。ニーズからウォンツに変換されると、体験したいことや手に入れたいものが具体的になる。したがって、行動変容が起きやすい。

健康とウェルネスとの融合

近年では、ウェルネスという言葉が頻繁に聞かれるようになった。ウェルネスとは、琉球大学の荒川雅志教授によると「健康を身体の側面だけでなくより広義に総合的に捉えた概念で、米国のハルバート・ダン医師が『輝くように生き生きしている状態(1961)』と提唱したのが最初の定義」である。荒川はそれを「身体の健康、精神の健康、環境の健康、社会的健康を基盤にして、豊かな人生をデザインしていく、自己実現」と再定義した(図)。

1946年に採択されたWHO憲章では、健康を「病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあること」と定義している。また、同じく最近話題になる言葉のウェルビーイングも、WHO憲章では身体的・精神的・社会的にすべてが「満たされた状態」と定義される。

これに対してウェルネスは、健康な状態を基盤として、尊厳、さらには生きがいといった幅広い視点から、心身ともに豊かで充実したライフスタイルの実現を目指すこと、といった考え方に変化している。健康を基盤として、ウェルネスを目的にすることで、ニーズからウォンツに変換されたといえよう。

ウェルネスの視点

ということで、ウェルネスという考え方が広がってきている中、具体的に医療分野にどんな影響があるのだろうか? まず生活との関連があげられる。私は、医療が生活の一部になるという表現をしてきているが、もう少し体系的な話で言えば、社会学で言うところの「医療化」が該当する。これまで医療の対象ではなかった生活の問題が、医学や治療の研究対象となることを、社会学では「医療化」と呼ぶ。医療化については、今後本連載でも詳しく記載していこうと思う。

ウェアラブルセンサーの広がりも医療化を助長している。さらに、病院がベッドを減らし、極端な場合にはベッドを持たなくなるというバーチャルホスピタルといった概念までもが提唱されている。仮に重症度の高い状況でも、在宅でモニター診療が可能になるとしたら、通常の診療ならさらに容易であろう。もちろん倫理的な問題や、患者が同意するかどうかという問題は別にある。例えば医療的な情報はセンシティブであるとよく言われるが、私が授業で何度か聞いた話は、血圧や血糖といった情報よりも、むしろ位置情報のほうを渡したくないという意見が多かったのが印象的である。

また、医療ツーリズムもウェルネスツーリズムに拡大する可能性がある。古くから温泉地に長期間滞在し、身体を整える湯治という温泉療養法があるが、別府市では湯治文化を現代に合わせ、温泉の健康効果をもとにした「新湯治」、食と観光・健康を促進する各種体験プログラムを「ウェルネスツーリズム」として推進するという。別府温泉は、江戸時代から多くの湯治客が訪れたという記録もあり、その中でも鉄輪温泉には今でも多くの湯治宿や湯治文化が残っている。

医学的には、温泉と免疫力に関係があるのではないかといったことも指摘されてきており、薬剤や医療機器のような厳密な研究ではないが、症例が少ない臨床研究のような形で温泉の効果が検討されていくと思われる。実際に、九州大学病院別府病院で温泉医学に携わる前田豊樹准教授は、「温泉に入り体を温めることで、腸が温まり、腸内細菌叢や腸管免疫が強まる」と大分県で講演されている。

ウェルネスまで話を拡張すれば、ワーケーションとの関連も期待される。ワーケーションとは、Work(仕事)とVacation(休暇)を組み合わせた造語である。 テレワーク等を活用し、普段の職場や自宅とは異なる場所で仕事をしつつ、自分の時間も過ごすことで、ワークライフバランスを保つ働き方だ。最近では、まず生活(ライフ)を大切にするべきであるという考えが浸透しつつあり、ライフワークバランスの推進が提唱されている。

もちろん、米国のIT企業アマゾンでも毎日ではないにせよ出社が決まり、オンライン会議サービスを提供するズーム・ビデオ・コミュニケーションズ社でも週に2回の出社を義務付けるなど、完全にリモートワークをできる環境ではなくなってきているのも事実であろう。しかし、こういった動きは確実に進展してきており、そこにウェルネス、という考え方が乗っかっていくことも間違いない。

医療界とウェルネス

一方、医療界からこの動きはどう見えているのだろうか。日本と海外では少し様子が違う。例えば、タイのような国では、病院もウェルネスへの取り組みに非常に積極的である。手段としても、スパの技術を取り入れたりしている。日本で言えば温泉がそれに当たるかもしれないが、薬剤のような明確なエビデンスを持たない分、顧客が喜ぶ、ひいてはQOLが増加するサービスに積極的である。逆に日本ではエビデンスを重視しすぎるあまり、医療側から見るとこうした周辺のサービスに対しての理解が低く、ましてや自ら展開するといった形になっていない。

運動が、ちょうど境界領域にあたるかもしれない。日本における運動系のサービスにメディカルフィットネスがあるが、あまり普及しなかった。しかし、フィットネス業界あるいはフィットネスに参入しようとする業種が多いために、様々な業態が出現し、顧客を増やしている。運動は高齢者のサルコペニアやフレイル対策としても確立しており、その意味では医療関係者も取り組みやすい。

さらに、日本では、2006年3月1日に健康経営研究会が発足し、企業での生産性向上といった視点も踏まえて、個人のウェルネスへのフォーカスが高まっている。次回は、さらに最近企業では欠くことができない考え方になってきた健康経営に関係して、述べてきたウェルネス概念の関係性を考えてみよう。

LEAVE A REPLY

*
*
* (公開されません)

Return Top