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未来の会

第172回 経営に活かす法律の知恵袋 ◉ 専門医機構が地域枠離脱問題で示した良識

第172回 経営に活かす法律の知恵袋 ◉ 専門医機構が地域枠離脱問題で示した良識

地域枠医師の人権を守れ

地域枠で入学した医師にも人権がある。地域枠からの離脱に「正当な理由」(あるいは「やむをえない理由」)がある場合には、その離脱を認めない時には人権侵害になりかねない。医師少数県の実情などをわからないわけではないけれども、だからと言って、人権侵害になってはならないであろう。

そこで、厚生労働省で地域枠を所管している医政局医事課は、2020(令和2)年8月31日に、「地域枠離脱について」という地域枠の取り扱いの文書内で標準例を作成して公表した。「ユルユルの軟らかい制度ならば確固とした離脱条件などは不要だが、ガチガチの硬い制度を作ろうとするならば手堅くて明瞭な離脱条件を定めるべきなのは、法の一般常識である」という進言などもあって作られた取り扱い標準ではあったが、それなりに条理に適った良識的な標準ができ上がったのである。そこでは、「都道府県は地域枠入学の契約時に、離脱を認める事由(退学・死亡・その他の猶予期間を設定しても当該地域で就業することが特に困難であると考えられる事由等)を明示すること……が望ましい」という良識的な定めが置かれた。逆に言えば、都道府県・大学が地域枠入学時に明示していなかったのならば、後出しジャンケンで制約条件を強化するのは、条理に反するものであり、都道府県・大学の道義的責任が問われるところであろう。

さらには、10項目にわたる「離脱事由の例」も示された。それは、「①家族の介護 ②体調不良 ③結婚 ④他の都道府県での就労希望 ⑤指定された診療科以外の診療科への変更 ⑥留年 ⑦国家試験不合格 ⑧退学 ⑨死亡 ⑩国家試験不合格後に医師になることをあきらめる場合」である。⑥〜⑩の5項目は余りにも当り前のものであるが、画期的なのは前半の①〜⑤の5項目であった。もちろん、「正当な理由」などの一般条項がないとか、当該大学や県内でパワハラが生じたといった「都道府県・大学の責に帰すべき事由」の定めがないなどといった不備な点もある。しかしながら、前半の5項目は、おおむね良好なものであり、条理に適った良識的な条項であった。形式的ではなく実質的に、かつ個別的・具体的に、事例ごとにチェックする必要はあるものの、そのいずれかに当てはまるならば、地域枠からの離脱は正当なものとなり、その地域枠医師は道義的責任を問われるゆえんがない。

つまり、20年にすでに厚労省によって、地域枠医師の人権を守るスキームはできていたのであった。ただ、問題は、それにもかかわらず、都道府県によっては①〜⑤の定めを設けなかったり、設けてもそれに反した運用をしていたので、本来は地域枠からの離脱に「同意」してもよいはずのところを「不同意」にしたりして、地域枠医師の人権を侵害することも頻発していたのである。

日本専門医機構の方針転換

そのような状況を見かねて、このほど議論を始めたのが一般社団法人日本専門医機構であった。もともと専門医の認定をその職分とする機構が、地域枠で入学した医師がその都道府県の同意なくして離脱したら道義的責任を問われて専門医の認定が受けられない、などという対応をすることには、いささか無理がある。地域枠離脱と専門医不認定との間には、合理的で密接な関連性があるなどと、真に本気でそう思える人は少ないであろう。実際、機構の中ではかなり激しい議論が交わされたらしい。しかし、結局、23(令和5)年10月23日の記者会見と、それに続く同月27日のm3.comの取材において、地域枠離脱問題で良識ある方針を打ち出したのであった。同月24日付け及び27日付けのm3.comの記事を抜粋して引用する。

「日本専門医機構理事長の渡辺毅氏は、10月23日の定例記者会見で、都道府県や大学と不同意のまま地域枠医師が従事要件から離脱する地域枠離脱問題に関して、日本専門医機構が当該都道府県もしくは大学とともにプログラム統括責任者に再考を促すほか、関係者間で解決できるように橋渡しの努力をし、専攻医の不利にならないよう協議の場を設けると発表した。(中略)地域枠離脱問題を巡って、日本専門医機構が2021年12月に『都道府県と同意されないまま、当該医師が地域枠として課せられた従事要件を履行せず専門研修を修了した場合、原則、専門医機構は当該医師を専門医として不認定とする』とホームページに掲載。その後、問題が指摘され、2023年1月の理事会でワーキンググループの設置を進めていることが報告されていた。都道府県や大学、専門医、専攻医らと協議する機会を設け、結論に至った」。

機構が示した方針を一部引用する。

3.当事者同士の協議で合意できなかった場合は、日本専門医機構は当該都道府県もしくは大学とともにプログラム統括責任者にプログラムの再考を促す

4.日本専門医機構は、都道府県もしくは大学から不同意のままのプログラムであるという指摘があった場合は、都道府県もしくはプログラム統括責任者と専攻医の間で解決できるよう橋渡しをする努力をする

5. プログラムが進行した後で、都道府県もしくは大学から不同意のままのプログラムであるという指摘があった場合には、日本専門医機構は専攻医が不利にならないよう改めて関係者間(都道府県、大学、基幹病院、プログラム統括責任者、専攻医当事者)による協議の場を設ける

6. 日本専門医機構は、専攻医が、こうした協議による解決策に応じることを期待するものである。しかし、解決が得られず、不同意のまま離脱した場合は、専攻医はその医療機関プログラムの研修は専門研修とは認められず、専攻医を採用した医療機関は、次年度の定員を減ずる

以上のように、日本専門医機構は、専攻医に対し十分に協議できる場を提供することを公約するに至った。さらに、前述の厚労省の①〜⑤の標準例を考慮し、条理に適った良識的な判断を行い、独自に「専門医の認定」を行うことを公表したのである。その究極の箇所を引用する(m3.com「医療維新」10月27日追記より)。

◆質問 都道府県が地域枠の離脱を認めず、不同意離脱になった場合でも、日本専門医機構が、例えば厚生労働省が離脱事由の例として挙げている「1−10のいずれかの事由」に該当すると判断し、専門医取得を認めるケースはあり得るのか

◆日本専門医機構回答 基本的に地域枠の不同意離脱問題は、ご本人と大学あるいは都道府県間の問題なので両者間で解決いただけるべきと当機構は考えております。当機構の役割は専門医の質的担保にあるわけで、離脱問題は当機構の直接関与する問題ではないことが大前提です。

しかしながら、現実的にはやむを得ない事情により地域枠を離脱せざるを得ないケースもあるわけで、その場合には当機構は関係諸団体との橋渡しをして調停をするのが「1〜5」の手順です。

よって、基本的には5までで解決するということですが、倫理的あるいは道義的に許されない離脱も現実的には存在するので、その場合に備えて6の措置を加えた訳です。

厚労省が示している離脱の許容条件として10項目がありますが、基本的にこの条件に当てはまっていれば、たとえ都道府県の事情により不同意離脱とされても当機構は専門医の取得は認めたいと考えています。明らかに専攻医の勝手による離脱のみ、6の措置を執るということになると思います。

この適応は主として2024年研修開始の専攻医からということになりますが、現在研修中の専攻医も年代間の公平性の観点からこれに準じて考えたいと思います。(下線筆者。但し11月1日に削除)

日本専門医機構の良識

以上のとおり、日本専門医機構として厳しい議論と決断があったとは推測するが、一旦は、後輩たる地域枠医師に対して、先輩としてその人権を尊重する態度を公に示したのであった。日本専門医機構は公的な専門団体であり、その団体が医師の人権を守る決断を下したことがあった事実は、誠に喜ばしいことである。ここに、その良識と勇気を賞賛したい。

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