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第179回 政界サーチ 岸田政権 〝諦めの夏〟から秋の暗闘へ

第179回 政界サーチ 岸田政権 〝諦めの夏〟から秋の暗闘へ

全日真夏日となった灼熱の葉月を経て、東京・永田町にもやっと秋風が吹いて来た。振り返れば、大手百貨店「そごう・西武」は米投資ファンドに売却され、ガソリンは史上最高価格に跳ね上がった。マイナンバーカードの不具合が収まらない中、政界では自民党随一の脱原発論者が収賄容疑で逮捕され、東京電力福島第1原発の処理水放出では現職閣僚が「汚染水」発言の大失態。岸田文雄・首相にとっては良い所無しの「諦めの夏」だった。首相周辺は秋の順風に期待を寄せ、政界の気圧配置の按排(あんばい)に腐心している。

 「西武池袋本店のストライキには驚いた。あれ↘は一昔前の光景だ。社会党が元気だった頃を思い出した。一過性のものだろうが、萎んだ筈の野党勢力や国民に変なメッセージが伝播していなければいいのだが」

 自民党古参議員が気にしているのは、止まらない物価高や政府の不祥事で溜まった国民のマイナス感情への引火だという。

 「ストライキで本店を閉めるなんて、やった張本人らも初めてだろう。福島の漁業者達はどういう気持ちで見ていたか。ガソリンの高騰で生活を変えられた人達はどうなんだろうか。野党に気の利いたアジテーターが現れ、不満を持った人達を先導したらどうなるのだろうかと。取り越し苦労と言われる↘かも知れないが、変な形で国民の不満に火が付く事が一番怖いと思っている」

百貨店スト、原油高に〝汚染水〟

 報道によれば、西武池袋本店の閉店休業に対する市民の見方はほぼ二分している。買い物に利用しているという中年女性は「公共性の高い百貨店が自分達の都合で店を開けないなんて、絶対にしてはいけない事だ」と道理を説いた。尤もな意見である。気になったのは閉店肯定派の男性の一言だった。

 「黙っていないで、自分達の思いをきちんと表現した事に意味が有る」

 言外に滲んだのは、「自分は出来なかった」とい↖うニュアンスだ。年齢は60代半ばだろう。「エコノミック・アニマル」と称されながら、家族の為に様々な思いを自制し、猛烈に働いて来た往年のサラリーマンの様だった。

 旧社会党出身のベテラン議員は「仄かな光が見えた」と懐かしそうに語った。

 「資源の少ない島国が経済成長を遂げ、世界3位の経済国になったのは物言わぬサラリーマン層の犠牲が在ったからだ。戦時中のお国の為の我慢が、会社の為、家族の為にすり替えられ、酷使が社会全体で許容された。救いは平等が社会の共通価値として機能した事だった。でも、今はどうか。富は一部の資本家に集中し、貧しい階層は固定化に向かっている。新自由主義の競争原理が唯一絶対になり、平等は一顧だにされない」

 旧社会党出身者の癖で、教科書通りの弁舌は長いのだが、言わんとする所は分かる。ロシアのウクライナ侵攻が契機とは言え、今そこにある社会の不満を上手く掬い上げられれば、ジリ貧野党と雖も、それなりの力を得る事が可能な局面にあるという意味だろう。ただ、SNS全盛時代のアジテーターとしては古色が過ぎる。新たな局面に相応しい伝える技術も磨いて欲しい所だ。

 伝える技術という面では、前政権を上回る岸田首相なのだが、得意の外交をいくら展開しても支持率回復には全く結び付いていない。野党幹部の辛口批評を紹介する。

 「日韓、日欧、日米韓と精力的な外交を展開しているのは認める。外相経験者だけあって卒が無く、外務省との呼吸もピッタリだ。でも、それだけだ。日韓関係の健全化は評価しているが、両国揃って米国にすり寄っているだけ。良くやっているなとは思うが、陳腐だ。厄介な問題に踏み込まない安心安全な外交だから新鮮味は無い。従って、支持率回復には結び付かない」

 手厳しいのだが、「新鮮味が無い」というのは当たっている。岸田首相もその辺は承知していて、中国、北朝鮮との接点を模索しているが、糸口は容易に見つからないし、時宜にも恵まれていない。米大統領と蜜月なら及第点という首脳外交の時代は既に終わっている。民主主義国家と独裁国家の2極化が進むとされる時代の首脳外交は難しい。危険も覚悟で、枠を超えた国家形成に挑むのか、安心安全重視で身内の連帯固めに終始するのか。国益を見定めながら、独自性を発揮し、国民の共感も得るのは至難の業だろう。

 そのセンシティブな外交問題を巡り、閣僚が〝ポカ〟をやらかした。首相官邸で中国による日本の水産物禁輸への対応を協議した閣僚会合の後、野村哲郎・農林水産相が記者団に「『汚染水』のその後の評価等について情報交換した」と言ってしまったのだ。「汚染水」は中国が日本の対応を批判する為に用いている言葉だ。ニュースで聞いた言葉の印象が強く残っていたのか、暑さボケなのか、苦心惨憺して国際合意を取り付けた処理水放出に見事に泥を塗ってしまった。岸田首相の指示で、発言は直ぐに撤回され、野村農水相は謝罪したが、SNS等では「漁業者らは処理水放出に反対なのだから、漁業者を守る立場の農相の立場で言えば、汚染水が正しい」等、穿った意見も寄せられた。中国政府のコメントは当然ながら、「正しい事を言っただけ」だった。ともかく、岸田内閣の面目は丸潰れとなった。

風力発電汚職は暗闘の引き金?

一過性のポカではなく、汚職事件も政界を揺さぶっている。自民党随一の脱原発論者で知られていた秋本真利・前外務政務官(自民離党)が「日本風力開発」(東京)の塚脇正幸・前社長から計6000万円の借り入れや資金提供を受けたとされる事件である。

 東京地検特捜部は贈賄容疑で塚脇前社長を逮捕した。捜査筋によれば、塚脇容疑者から提供資金の賄賂性を認める供述を得て、収賄容疑で秋本・前外務政務官の逮捕に踏み切った。

 支持率低下に苦しむ岸田首相にとっては、更なる痛手にもなりそうなのだが、首相周辺は「国民の政治不信に繋がる事態で遺憾だ」との建前の後、「今後の展開がどうあれ、政権への打撃にはならないのではないか」と微妙な言い回しをしている。

 自民党中堅が思わせぶりに解説する。

 「秋本君は2012年の衆院選で初当選した。『父は菅義偉、兄は河野太郎』って公言してた程で、菅・河野ラインの人間。菅さん達は脱原発・再生エネルギー推進派だ。党内闘争を考えれば分かる。政治への不信は高まるだろうが、一番困るのは来年の総裁選でライバルになる河野デジタル相とそれを支持する非主流派の皆さんだ。言い方は難しいが、岸田首相にとっては他人事なのではないか」

 地検特捜部が秋本前外務政務官を捜査対象に定めたのは年初と見られている。国会議員の捜査の場合、国政の最高機関である国会審議への影響を考慮し、首相官邸や与党の一部にはある程度の報告は為されている。権力の馴れ合いではなく、三権分立の原則を尊重しているからだ。当然、岸田首相も内々の情報を得ていた筈だ。

 秋本前外務政務官は千葉9区の公認候補で当選後、脱原発・再エネ推進派の河野デジタル相の知遇を得る。同じ法政大出身の菅前首相(当時、官房長官)にも目を掛けられ、菅グループの「偉駄天の会」「ガネーシャの会」に入会。21年の自民党総裁選では、推薦人を代表し、日本記者クラブ等で記者会見している。

 菅前首相や河野デジタル相は平静を装っているが、しばしの発言力低下は否めないだろう。秋本前外務政務官逮捕を契機に党内の気圧配置は変わって来ている。首相官邸の圧力は増し、対抗勢力は戦略の練り直しを迫られた格好だ。

 「所謂、〝政高党低〟にシフトした感じだ。例え支持率が低くても対抗馬が不在なら、岸田首相の再選は安泰だ。内閣改造・党役員人事でしっかり派閥のバランスも取った。秋の政局は岸田首相に傾いた感が有る。尤も、菅前首相らも事件は折り込み済みだろうから、今後何か手を打って来るだろう。来年の総裁選に向けた新たな暗闘が幕を開ける」

 自民党若手はそんな物騒な秋の政局予想図を描いている。

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