薬の安全対策など対物から対人業務へのシフト急げ
「薬剤師の役割は、薬の副作用等の情報収集や安全対策を行い、薬を育てて行く『育薬』をする事だ」。厚生労働省の中井清人・医薬・生活衛生局医薬安全対策課課長は7月16、17日に兵庫県神戸市で開催された「第16回日本在宅薬学会学術大会」の講演でこう話した。言葉の裏にはこれからの薬剤師への期待と現状の仕事振りに対する不満が滲む。
厚労省の統計によると、2020年時点で薬剤師の人数は約32万人で、年々増加傾向にある。少子高齢化が進み需要が減る一方、薬剤師が増加し続けて需給バランスが崩れ、「薬剤師余り」が将来的に起こる事が予想される。同省は「電子処方箋やオンライン服薬指導の取り組みも踏まえると、薬剤師業務の考え方を変えて行く必要が有る」と指摘しており、処方箋に関連する対応だけでなく、処方箋不要のOTC薬品の販売や健康相談など健康サポート業務への対応が求められるとしている。厚労省幹部も「言われた事しか出来ていないのが問題だ。専門職の観点から自分達で制度を提案する位の事をして欲しい」と話した。今の薬剤師としての在り方に課題が有る事は、省内の共通認識として持っている様だ。
対人業務評価する薬学管理料は横這いの結果
薬剤師業務をモノから人へシフトさせようとする動きは今に始まった訳ではない。16〜20年度迄の3度の診療報酬改定を経て、かかりつけ薬剤師指導料等の導入など対人業務を評価する仕組みを充実させて来た。21年6月の「薬剤師の養成及び資質向上等に関する検討会」の取りまとめでは、対物中心の業務から患者や住民との関わりの度合いの高い対人業務へのシフトを進めて行く事とされた。
薬剤費に目を向けてみる。令和3年度の調剤医療費は7.7兆円、薬価以外の技術料が2.0兆円で全体の約4分の1を占める。技術料の内、薬剤師が患者の薬剤情報を記録・管理する等、対人業務を評価する「薬学管理料」の占める割合は技術料の20%程度に留まっており、年度別の推移を見ても横這いとなっている。薬剤費ベースで見ると対物業務へのシフトは進んでいるとは言えない。
中井氏は先の講演の中で薬剤師の今後の課題として、「薬学管理をどうするのかを考えて貰いたい」とテーマを投げ掛けた。「服薬指導が薬学管理と考えられがちだがそうではない」と指摘し、「薬を渡した後にしっかりと薬を飲んで頂く努力をした上で、薬剤の効果や副作用をモニタリングする事が重要だ」と強調した。
20年には改正薬機法が施行され、「継続的服薬指導」として調剤時に加えて調剤後の服薬指導や服薬状況等の把握も義務として規定された他、患者の服薬状況を処方医にフィードバックする事が努力義務として規定された。中井氏は「恐らく世界で初めてではないか。少なくともアメリカには無い」と対物業務の強化が薬機法に明記された事を評価する。
その上で、「従来は臨床、非臨床、承認・審査市販前のデータ収集が今迄メインだった。これからは市販後が承認された後の、適正使用や副作用の情報収集、安全対策を行い、薬を育てて行く。『育薬』する事が重要だ」と述べ、その育薬を担うべきは薬剤師だと繰り返し強調した。
製薬企業のビジネスモデルも転換期に来ている。従来は患者数の多い高血圧や高脂血症といった疾患を対象に薬が開発されて来たが、最近は対象患者の少ない、患者の多様性に基づく個の医療に対応出来る薬の開発が行われる傾向にある。患者数が少なくなると、薬事承認前に安全性を確保する為の情報を収集する事には限界が有る為、中井氏は「薬事承認をリバランスして行く事を考える時期だ」と指摘する。
日本でも新型コロナウイルス感染症の感染拡大といった緊急時に、安全性は確認するものの有効性は推定のまま承認する緊急時の薬事承認制度が創設された。中井氏は、「市販後のデータをしっかり集めて行く事が極めて重要になって来る。それは誰の役割かというと、継続的服薬指導という概念が入った薬剤師で、1つの大きな役割になる」とした。
又、薬剤師が収集するデータの1つが薬の副作用についてだ。副作用報告は特に後発医薬品の普及に貢献出来る。後発医薬品は今まで製薬企業のMRが情報を集めてPMDA(独立行政法人医薬品医療機器総合機構)に報告して安全対策を行って来た。
しかし、将来的には後発医薬品の普及に伴いMRの数が不足する事が推測され、中井氏はそれを補うのが薬剤師の仕事だとし、「薬局からの情報を太くする作業が必要」と話した。
電子処方箋でお薬手帳からの脱却は出来るか
薬剤師の薬学管理の一翼を担うのがDXだ。中井氏は「薬を渡した後、一瞬にしてデータになる。それは渡した後の状況がよく分かる事になる」とDXの重要性を説く。そのベースとなるのが政府が現在導入を進めているオンライン資格確認システムだ。
医療機関や薬局の窓口で患者の直近の資格情報等が確認出来る様になる等、事務コストが軽減される事が期待される他、特定健診や薬剤情報を閲覧する事も出来、より良い医療を受けられる様になるとされている。そして、それを利用して推進しているのが電子処方箋だ。電子処方箋は、現在紙で行われている処方箋の運用を電子で実施する仕組みで、患者が直近で処方された薬剤情報の閲覧や重複服薬等をチェックする事が出来る様になり、23年1月から運用が開始されている。
中井氏は、「薬を渡した後の情報をフィードバック出来る基盤になり得る事は画期的だ」と期待を寄せる。だが、電子処方箋の運用が進んでいない実情がある。
厚労省の4月時点の調査によると、電子処方箋の運用を開始しているのは全国で3352施設。その内の9割以上は薬局で、診療所は250施設、病院はわずか9施設に留まっている。同省はシステム・運用面で大きなトラブルは無く順調に稼働しているとしているが、肝心の普及率には課題が残る。
背景には電子処方箋のメリットが実感出来ていない事がある。電子処方箋は過去の服薬履歴が確認出来る為、重複服薬を防ぐ事が期待される。医療機関は重複服薬を防止する取り組みを行っているが、従来の紙のお薬手帳を活用して効果が得られたという事例が厚労省の「高齢者医薬品適正使用検討会」で報告された。薬を多く投与される患者は高齢者が殆どで、電子デバイスに対する抵抗感が強いという。結局紙のお薬手帳の方が使い勝手が良いというのも頷ける。
更に、電子カルテの標準化という障壁も有る。医療機関や薬局で使用する電子カルテは施設によって様式が異なる為、データを一元管理するには様式を統一する必要が有る。厚労省は統一された電子カルテや画一化された製品は現実的ではないとし、アプリケーション連携がし易いHL7 FHIRを普及させる方針だ。検査や処方といった標準的なコードから順次実装して行き、医療機関同士での情報共有や臨床研究等へのリアルワールドデータでの活用を実現する事が狙い。同省は電子カルテの普及率を26年度迄に80%、30年度迄に100%にすると目標を立てているが、レセプトを紙で管理・請求する医療機関も根強く残っている為、期限迄に完全に標準化出来るかは不透明だ。
勿論DXを進めるメリットは大きい。同省は医療情報データベース推進事業として、電子カルテ等の医療情報を大規模に収集・解析を行う医療情報データベース(MID-NET)をPMDAに構築し、医薬品等の安全対策の高度化を推進している。
MID-NETを構築する事で、今まで投与数が不明で服薬頻度を算出する事が出来ない等安全対策に限界が有った問題が解消されるといった効果が期待される。
中井氏は講演の最後に、薬剤師の将来像として、「OTC、医療用、健康食品等も含めた薬物療法のマネージングを担う。そのマネージングの中で、医師への報告と何か起こった時に医師へ相談する事が重要」とした。
薬を服用した際の副反応の報告は基本的には医師が行うが、「実際は薬剤師が書いたりする事が多いし、一生懸命やってくれる。私はやはり薬剤師に頑張って貰わないと難しいと思う」と私見を述べた。
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