1万6000人が強制で不妊手術、最年少は9歳
旧優生保護法(1948〜96年)下で障害者らに不妊手術が強制された問題で、国会として初めて立法経緯や被害実態についてまとめた調査報告書が漸くまとまった。国会が過去の立法過程を振り返る調査を行うのは異例だが、国策によって「子供を産み育てる権利」が奪われた被害実態が改めて浮き彫りになった。ただ、国や国会等の責任の所在については明確にしておらず、踏み込み不足なのは否めない。
調査報告は、被害者救済の為に2019年に成立して施行した一時金の支給等に関する法律に基づ↘き、衆参両院の事務局等が3年の歳月を掛け、国や自治体、医療機関、福祉施設の保管資料を分析した。衆参両院は6月19日、ホームページに全文約1400ページ分を公開した。
報告書を受け取った尾辻秀久・参院議長は「この様な事態が二度と繰り返される事が無い様、国会議員1人1人が内容を重く受け止めなければならない」と述べたという。
報告書は立法過程・実施状況・海外施策の3編で構成。立法過程では優生思想が国の施策に反映されて行く様子を詳細に記載した。旧法は戦後の人口↘急増等を背景に「不良な子孫の出生を防止すると共に、母性の生命健康を保護する」事を目的としており、議員立法によって全会一致で1948年に旧法が成立した時には、「批判的な観点から議論された形跡はなかった」と指摘した。
49年に人工妊娠中絶の要件に経済的理由を加え、不妊手術の審査申請を医師に義務付ける改正案も成立した。52年には不妊手術の適用範囲を精神疾患にも拡大する等の改正案が可決された。75年の保健体育教科書には、「国民全体の遺伝素質を改善・向上させるために国民優生に力を注いでいる」との記述↖も有った。
手術の偽装や本人に知らされないケースも
不妊手術を受けたのは、2万4993人。この内65%に当たる1万6245人は「本人同意なし」で強制された。被害者の最年少は昭和30年代の男児、昭和40年代後半の女児で何れも9歳。最年長とみられるのは57歳男性だった。
自治体には6550人分の記録が有った。手術に至った背景には、性被害による妊娠の恐れ、多子や経済状況による育児困難の他、家族の意向も有った。都道府県の審査会で適否を判断していたが、書類持ち回りで決める等形骸化していた。児童施設では複数の入所者分をまとめて申請する事も有ったという。
旧厚生省は49年、手術の際に虫垂炎など別の手術と偽るという「欺罔の手段を用いる事も許される」と通知していた。盲腸の手術時に本人に分からない様に施術されていた事例も確認された。原則、認められてなかった放射線照射の他、子宮や睾丸の摘出も横行。福祉施設の入所や結婚の前提条件とされた事も有った。
被害者や家族40人にアンケートを新たに実施し、この内27人が「子供が出来なくなる手術だとの説明を受けていない」と回答した。アンケートには「子供が居る家族を見ると、羨ましい」「結婚式の後、夫に打ち明けられ、頭が真っ白になった」等の回答が寄せられた。
手術の件数は地域による偏りも見られた。手術の資料が残っている2万4993件の都道府県の内訳は、北海道が3224件で最も多く、次いで宮城1744件、大阪1249件、岡山1017件、静岡753件だった。
手術は55年の1982人をピークに減少した。厚生省は54、57年に都道府県に件数を増やす様通知を出し、各自治体では施設に働き掛ける等の取り組みが全国的に展開された。
80年代に旧厚生省の中でも、「人道的に問題が有る」等の意見も出たが、法改正は96年迄行われなかった。契機は94年の国連国際人口開発会議で、日本の優生保護法の問題点が提起された事だ。96年に優生保護法から母体保護法に改め、不妊手術に関する規定や、法の目的から「不良な子孫の出生を防止する」等を削除した。
調査報告書は保管されていた資料の分析しかしていない。これ迄に新聞報道等で明らかになっている事実が多く、新たな発見にも乏しい。会見を開いた全国優生保護法被害弁護団共同代表の新里宏二弁護士は「新たな被害者の掘り起こしにはなっていない」と指摘した。
調査を担当したのは十数人の事務局職員のみとされ、人員にも限りが有る事等から、アンケートのみで被害者へのヒアリングは行われなかった。
存命中の被害者は2017年時点で約1万2000人いると推計されている。ただ、救済法に基づく一時金320万円の受給者は今年6月時点で1047人に留まる。手術を受けた事自体を知らなかったり、家族にも明かしていなかったりした被害者も多く、現在も問題は解決していないと言える。
政府は被害者と向き合い、救済法の拡充必要
事実、国に損害賠償を求める訴訟は2018年1月以降、東京や仙台、札幌、大阪、熊本など各地で起きている。地裁や高裁の段階で判断が分かれる等、長期化の様相を示しており、救済法の見直し等一刻も早い解決が望まれるが、その機運は乏しい。被害者は既に高齢化しており、裁判中に亡くなった原告が居るにも拘わらずだ。
裁判では、不法行為から20年で賠償請求権が消滅する「除斥期間」の適用を巡り、司法判断が分かれている。38人が提訴しており、一時金320万円を大きく上回る1500万円前後の賠償金を命じる等原告側の主張を認める判決は、東京高裁や大阪高裁、札幌高裁など現時点で7件出ている。
ただ、国が控訴や上告している為これらの裁判は継続している。大手紙記者は「政府の見直しに向けたスタンスは最高裁判決を見てから判断する、というものだ。この為政府や与野党議員による見直しの作業は進んでいない。いつもは威勢の良い野党議員もこの時ばかりは沈黙を貫いていた」と明かす。別のメディア関係者も「救済法を策定した時は、与野党が協力し、困難な課題も解決しようという雰囲気が有ったが、いざ救済法が制定されて以降は、見直しも含めた動きは鈍い」と漏らす。こうした政府や与野党の姿勢が、高齢化する被害者の救済の遅れにも繋がっている。
国が法律を作り、都道府県が優生思想を扇動し、医療機関や障害者団体が手術を実施したり、推奨したりした事も改めて白日の下に晒された。例えば、国立ハンセン病療養所では、結婚の条件として不妊手術が行われた旨の回答が有り、結婚届に手術を「行った」「行う」「行わない」を選択する欄の有る資料が提供された。ある障害者団体からは、生理時の手間を省く事を理由に子宮摘出が勧奨されていたとの回答も有った。
松野博一・官房長官は「多くの方が心身に多大な苦痛を受けた事を真摯に反省し、心から深くお詫びする」と述べたが、形ばかりの謝罪はこれ以上必要無い。被害者は「我々に向き合い、一日も早く上告を取り下げて貰いたい」と早期解決を求めている。ひとまず、24年4月に期限を迎える一時金の請求について、5年程度延長する事は大筋で固まった。ただ、これだけでは不十分極まりないのは明らかだ。一時金の増額や個別に通知する制度を盛り込むか等、検討すべき課題は山積している。
調査報告書を通じてこれだけの被害が改めて明らかになった今、政府は差別被害に真摯に向き合い、与野党と共に救済法の見直しに向けて早急に取り組む事が求められよう。
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