来年「大地の芸術祭」で現代アートに!
2023年春、OUTBACKアクターズスクール1期生のトモキチは、満開の笑顔でスクールを卒業した。彼のことは以前の本連載で少し書いたが、もう一度紹介したい。筆者が彼と出会ったのは20年春のことだった。この頃、筆者は福祉の現状を知るため、横浜の就労継続支援B型作業所の生活支援員として働き始めた。トモキチはこの作業所を19年秋から利用し、草刈りなどの作業を行っていた。当時のトモキチは、全身から殺気が立ち上っているかのようだった。鎌を手にした姿は、まさに「殺し屋」。一緒に行う草刈りはなかなかのスリルだった。だが、ストイックな彼の仕事ぶりを見るうちに筆者は強く魅かれていった。
彼は、草が最も生い茂る場所に率先して入り込み、炎天下でも休まず黙々と鎌を振るう。「水を飲んで」と声をかけるまで水分補給もしない。重労働の後、「バスは苦手」と言って8キロメートルも離れた家に徒歩で帰っていく。外見はそれほど似ていないのに、高倉健のイメージが重なる後ろ姿にしびれた。彼は父親を早くに亡くした。学校ではいじめられて孤立し、ひきこもりに。自然の中で働きたくて、知識を学べる専門学校を卒業したが、バイト先でも酷いいじめにあった。
「自分はなぜこんなにも嫌われるのか」。思い詰めて行き着いたのが「考えが周囲に漏れているから」という解釈だった。仕事中に別のことを考えていることが常にばれてしまい、だから嫌われるのだと。これは、理不尽で卑劣ないじめから心を守るための、止むに止まれぬ理由づけのように筆者には思える。だが、精神科医はこれを統合失調症の「思考伝播」と判断し、過大なストレスを抱え切れずに家で暴れた彼を強制入院させた。
半年間の意に反した入院で自尊心はズタズタになった。作業所で働き始めてからも、寡黙な彼が時々口にする言葉は「どうせ障害者ですから」「何も変わりません」「何をやっても無駄」等のネガティブ語ばかりだった。そんな彼を筆者はスクールに誘った。心はズタズタでも仕事を休まない彼の中に不屈の炎を見たためだった。彼は「本当はやりたくありません」と言い続けながら、第1回公演(21年11月)で主役を張った。第2回公演(22年11月)でも準主役を務めた。同様の傷つき体験のある仲間たちと稽古を重ねるうちに、顔から苦悶が消え、会話が増えた。スクールの取材に来た写真家の橋本貴雄さんが彼に魅せられ、密着撮影を開始した。そしてトモキチの人生は急展開する。今春、橋本さんと共に新潟県に移り住み、念願の農業に励むことになったのだ。地域に溶け込み、技術を学ぶ。冬は豪雪との闘いになる。その姿を日々、橋本さんが写真に収め、来年、越後妻有で開かれる日本最大規模の現代アートの祭典「大地の芸術祭」で展示する。トモキチは来年、一流の現代アート作品になるわけだ。彼には今も「思考伝播」の感覚がある。だがそれは、可逆的な反応だと筆者は確信している。新たな土地で、自らの生命力で、彼は逞しく再生していくだろう。
トモキチ、卒業おめでとう。挫けず前に進むことで、道は開けることを君は証明してくれました。スクールの誇りです。来年の大地の芸術祭で、ますます大きくなった君と再会するのを楽しみにしています。
ジャーナリスト:佐藤 光展
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