岸田文雄・首相は女性の就労を妨げているとされる「年収の壁」について、対策に乗り出す考えを表明した。年収が一定額を超すと社会保険料の負担が生じ、手取りが下がってしまう問題だ。岸田首相の指示を受け、厚生労働省は手取りの減少分を公費で補う時限的な措置を検討している。しかし、同省からは「筋のいい政策とは言い難い」(幹部)といった声も漏れて来る。
社会保険料が生じる「年収の壁」には、106万円(従業員101人以上の企業)と130万円(同100人以下)が在る。扶養を受けている人の年収がこの金額に達すると事業者と本人に社会保険料負担が発生し、本人には少々年収が増えても手取りは減って「働き損」になる。パート勤務の多い女性が労働時間を抑えている要因と見られ、接客業等からは「人手不足に拍車を掛けている」との訴えが相次いでいる。
野村総合研究所の調査によると、年収500万円の夫とパート年収100万円の妻の世帯なら、企業の家族手当も含め世帯の手取りは513万円。しかし、妻の年収が6万円増えて106万円超になると勤務先の社会保険への加入義務が生じ、手取りは24万円減の489万円に下がる。これを嫌ってか、年収を一定額に抑える「就業調整」をしている人は6割に上るという。
問題の根っこには、「3号問題」が在る。会社員に扶養される配偶者は「第3号被保険者」として保険料を納めずとも年金や医療保険の給付を受けられる。自営業の人、単身の人にこうした恩恵は無い。厚労省は保険料負担が生じる年収基準を下げる等で厚生年金の適用拡大を進めて来たものの、3号の廃止には踏み切れていない。
年収の壁を解消するには、3号を廃止し、少額でも雇用されて収入を得たらそれに応じた保険料を納める様にするのが一番分かり易い。
だが、そうすると今度は少額の保険料で老後に定額の基礎年金と報酬比例の年金を受けられる様になり、月1万6520円の保険料を払いながら基礎年金しか無い自営業の人との格差が生まれる。パートを多く雇い、労使折半の保険料負担が増える業界からの反発も強い。年金局勤務が長かった厚労省OBは「何十年と検討し続けて来て、未だ正解を導き出せずにいる問題だ」と話す。
そうした折、自民党内で浮上したのが、パートの人の年収が壁を超えた場合、それで増えた保険料負担を公費で穴埋めする案だ。パートの保険料を肩代わりする格好になる企業に国が補助をする。岸田首相は当初、単身の人等との「公平性」の問題を挙げて渋っていたが、「異次元の少子化対策」の1つに盛り込めるとして、考え直した様だ。厚労省は今後具体的な金額や財源を詰め、今年秋から時限的に始める事を検討している。
しかし、扶養される配偶者は手取りが増えるのに保険料を払わなくとも良く、老後の年金も増える。単身者や共働きの会社員世帯にも対応をしないと一層社会保険の公平性を歪める。子育てや介護等で短時間勤務を選択せざるを得ない人への支援策も必要だ。3月28日の社会保障審議会年金部会では「3号優遇が更に進む」といった批判が続出した。
「男女共同参画という時代の流れに逆行する。時限的と言っても、ゴールが見えていないのにいつ終わるのか」。検討中の案に対しては、当の厚労省幹部でさえ、もやもやした気分でいる。検討したら、結論を出す。第一歩を踏み出す事が大事だ。
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