時代の変化に即した新たな基準が必要か
小学校等で行われる健康診断を巡り、時代の変化が小児科医達を悩ませている。健診では衣類を脱がせて異常が無いかを確かめたり、気になる部分に触れたりする必要が有るが、こうした行為に対して「セクハラを受けた」等と過剰に反応する生徒が増えているというのだ。一方で、学校健診の場を利用して盗撮等の犯行に及ぶ不届きな医師が存在するのも事実。犯罪は許されないが、必要な健診については全国一律の基準を設ける等、子供達も納得する方法での実施を検討すべきだろう。
思春期女子の発症率が高い「脊柱側弯症」
近年、学校現場で問題となっているのは、上半身を裸にしての健診だ。聴診器を当てて呼吸音や心音に異常が無いかを診る他、アトピー性皮膚炎等の皮膚の異常が無いか、あざ等の虐待が疑われる怪我をしていないか等は、服を脱いで体を直接確認しないと調べられない。全国の小中学校で行われており、「一般的な方法」(内科医)だという。更に、思春期の子供に多いという「脊柱側弯症」を発見する為にも脱衣が望ましいとされている。
脊柱側弯症とは、背骨(脊柱)が左右に曲がったりねじれたりする病気。痩せ型の女子は発症し易いとされるが、多くは原因が分からない。13〜14歳の思春期の女子の発症率は2・5%という報告も有り、放置すると容姿が変わって日常生活に支障が出る他、肺機能の低下等の深刻な結果を招く恐れも有る。この病気を発見するには、立った時や前屈みになった時の肩やウエスト、肩甲骨の位置の左右の高さの違いを見る必要が有る。その為には、上半身裸になるのが一番分かり易いのだという。ただ、背中側が見えれば用は足りる為、体の前部まで裸になる必要は無いとの指摘は多い。特に中学生の女子では、ブラジャーやタンクトップのままで健診を行う学校も増えているという。京都府の医師会が京都市を除く府内の全公立小中学校を対象に行った2018年度のアンケートでは、背骨の歪みを診る検査を男女とも上半身脱衣で実施していたのは小学校で70・9%だったが、中学校では32・1%に留まった。
気になる研究結果も有る。島根県の研究では、ブラジャーやタンクトップ姿で健診を行った場合、体操服で行った場合より、異常が疑われた割合が4倍以上に上ったという。脊柱側弯症は10歳以上になると増えて来るとされ、見落としを防ぐには中学生でも脱衣の方が良いという事になる。「過去には、学校健診で脊柱側弯症を見落とされたとして、秋田県の小中学校を卒業した女性が、小中学校の所在地である自治体等に損害賠償を求める訴訟を起こした事も有る。行政や医師が責任を問われる恐れが有るだけでなく、本人の学校生活やその後の生活に影響が出てしまう疾患は、なるべく早く見付けてあげたい」と都内の小児科医は慎重に語る。
だが、この「上半身裸」での健診を巡っては、生徒やその保護者から頗る評判が悪いのも事実だ。
地方のある教育関係者は、「何故裸にする必要があるのかという生徒や保護者からのクレームが毎年、学校に届く」と明かす。こうした問い合わせを受け、健診を行う医師や地元医師会等に問い合わせをする学校も有るというが、「共通の指針が有る訳でもない様で、現状では健診の為必要という回答が来るだけで、保護者らにどう伝えるか悩ましい」(同)と対応に苦慮しているようだ。
勿論、生徒や保護者の側にも言い分が有る。全国で、学校の定期健康診断を利用した医師の猥褻事件が発覚しているのだ。
相次ぐ悪質な盗撮事件
「昨年7月、岡山市の40代の医師の男が、岡山県迷惑行為防止条例違反(卑わいな行為の禁止)の疑いで京都府警に逮捕される事件があった。男は中学校の健診中に女子生徒の上半身の下着姿を盗撮していた」(全国紙記者)。複数の女子生徒が被害に遭っており、その盗撮方法も巧妙だった。「犯行に使われたのは、ペン型のカメラ。上着の胸ポケットにペン型カメラを差して撮影したと見られる。他に小学生を撮影したと見られる動画も見付かっている」(同)
この医師の男は約10年ほど前から、岡山市内の小中学校で定期健診に従事していたといい、卒業生や保護者には大きな動揺が広がった。
更に昨年11月には、今度は大阪府と兵庫県の中学校と高校の健康診断で上半身裸の女子生徒を盗撮したとして、兵庫県西宮市の30代の医師の男が大阪府警に児童買春・児童ポルノ禁止法違反(製造)容疑で逮捕される事件も起きた。府警によると、男は健診の為上半身の衣服を脱いだ女子中高校生計14人を、携帯電話のカメラで動画撮影していたという。
「岡山の医師も兵庫の医師も、別の盗撮事件で取り調べを受け、警察がカメラ等を押収した結果、学校健診中の犯行が分かったという点で特に悪質だ。学校や生徒の信頼を逆手に取って、犯行に及んでいたのだから」と同記者。こうした事件が立て続けに起きた事もあり、教育現場や保護者から「上半身裸になる必要はあるのか」との声が大きくなるのは当然だ。
では、こうした疑問の声に、医師らはどう答えるのか。学校健診をした経験が有るという都内の小児科医の男性は「誤解を防ぐ為にも、生徒を安心させる為にも、学校の健診は女性医師が担当した方がいい」と断言する。ただ、現場では健診に対応出来る女性医師の数が少なく、難しいという。この医師は小児科医として日々、子供の診療に携わっているが、「思春期の女子生徒は、普段診ている子供達とは違う。誤解されないよう、嫌な思いをさせないよう慎重に診察する事を心掛けているが、それでも診察が終わった後に、外から友人同士で『いやらしくなかった?』『セクハラじゃない?』と話している声が聞こえると、逃げ出したくなる」と明かす。生徒の誤解から、逮捕されたらどうしようと怖くなる事すら有るという。
「保健室に居る医師であれば、生徒達と日常的にコミュニケーションが出来ていて信頼も得ているだろうが、健診の時だけ行く医師がいきなり上半身を裸にするのは個人的にはやり過ぎだと思う。聴診器は服の下から入れる等やり方は有るし、脊柱側弯症についても他の方法を模索すべきだ」とこの医師は提言する。
事実、3Dカメラを用いて着衣のまま計測出来る検査機器も開発されている。導入には費用が掛かるが、「脊柱側弯症をしっかり見付けられるかどうかは医師個人の能力によっても変わり、視診だから優れているという訳ではない。機械なら、生徒の羞恥心を解消するだけでなく、検査結果の均一性も保てる。全国で普及を進めるべきだ」(都内の内科医)と、医療界からも機器の導入を求める声は大きい。お金を掛けず、ちょっとした工夫で上半身裸を避けるアイデアも有る。島根県出雲市でクリニックを開業する吉直正俊医師は、体操服に首だけ通し、胸など前部分を隠す様に垂らし、側面から胸が見えない様に洗濯挟みと紐を使って裾を背中側に固定し、背中側だけがめくれる「出雲式」を提唱する。
関東地方の学校関係者は「今の子供達はプライバシーやハラスメント等の意識が高い」と指摘した上で、「時代は変わっているのだから、脱衣なら脱衣で全国共通の指針を作る等、説明出来る様にして欲しい」と求めている。
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