虐待の実態を摑み幼き被害者を救えるか
安倍晋三氏の銃撃事件に端を発した「宗教と政治」の問題が、新たな側面から社会問題となっている。熱心な信者を親に持つ子供達、所謂「宗教2世」にようやく光が当たるようになって来たのだ。長年、虐待と言っても可笑しくない仕打ちを受けながらも表に出る事の無かった彼らの苛烈な体験が後の世代に引き継がれないよう、今こそ行政や政治のしっかりした対応が望まれる。
「ガスホースに金属製のパイプを入れた鞭で打たれた」「下着を脱がされて、革のベルトで尻に鞭打ちをされた」
そんな驚くべき証言をしているのは、キリスト教系の宗教団体「エホバの証人(ものみの塔聖書冊子協会)」の元2世信者らだ。
「エホバの証人」は1870年に米国で誕生した宗教団体。街頭や戸別訪問で熱心な布教活動を行う事で知られている。医療の現場では「輸血拒否」をする団体として有名だ。「子供の頃、時々、女性2人組が家を訪ねて来た。いつもは親が、相手をする事無くインターホン越しに断っていたが、親が不在の時に興味本位で外に出た事がある。真夏の炎天下で、暑さをものともせずひたすら聖書の解釈について話をされ、怖かった」と振り返るのは、都内の40代の女性会社員だ。
この女性が感じた様に、良く言えば熱心、悪く言えば妄信的な信仰心は、以前からトラブルとなる事が有った。最も有名なのが、彼らの信仰に基づく「輸血拒否」だ。聖書に「如何なる生き物の血も体に入れてはならない」等といった記述が有る事を盾に、彼らは輸血をしてはならないと考えており、手術や治療の現場で度々混乱を招いて来た。
医療に詳しい都内の弁護士は「エホバの証人信者の輸血拒否が医療界に大きく知れ渡ったのは、1992年の東京大学医科学研究所附属病院での裁判だろう」と語る。この事件は、腫瘍摘出に伴う出血に際し輸血を行った同病院と国を、信者である女性患者が訴えたものだ。
医療界に衝撃を与えた判決内容
一審の東京地裁は信者の訴えを棄却したが、控訴審では請求の一部が認められ、最高裁で病院の責任を指摘した控訴審判決が確定した。同病院は患者の意向を優先してなるべく輸血は行わない様にするものの、大量出血等で命の危険がある場合には患者本人や家族の承諾が無くても輸血を行うという方針を採っていた。しかし、判決ではこの方針を患者に説明する事無く手術を行った事が、輸血をされる位なら治療を受けない選択をするという患者の自己決定権を奪ったと判断された。
「医師の仕事は命を救う事。命を救った事で責任を問われたという意味で、判決は医療界に衝撃を持って受け止められた」とある外科医は振り返る。更に、都内の小児科医は「患者が子供だった場合は、より一層難しい判断を迫られる」と語る。
親が熱心な信者であったとしても子供もそうとは限らない。だが、子供の多くは自分の意思が十分に示せず、治療方針を決めるに当たっては親の同意を得るのが一般的だ。そうなるとエホバの証人の信者の子供は、輸血を伴う治療は受けられない事になる。
「私は輸血拒否の事例を扱った事は無いが、知人の医師から聞いた事はある。一連の騒ぎの後、学会も巻き込んだ論争が起き、今では輸血を伴う子供の治療を拒否する事は虐待と見なし、児童相談所に通告する等の手段を採る様になっている。とは言え、現実的には、児相との煩雑なやり取りを避け、『うちでは治療出来ない』と患者を放り出す可能性も否定出来ない」(前出の小児科医)
教義を優先する余り、子供にとって最善の方法を採らない行為は明らかに虐待である。医療界では以前から認識が一致していた訳だが、今回は彼らが日常生活においても、冒頭に挙げた様な鞭打ちの虐待をしていた事実が明らかになったのだ。
「一昨秋、元2世信者らで作るグループ『JW児童虐待被害アーカイブ』がSNSで信者の親から鞭打ちをされたり自分がしたりした事が有る元2世信者と現役信者を対象にアンケートを実施した。彼らは今年3月、その調査報告書を厚生労働省に提出した」(全国紙記者)
調査からは、2世信者の深刻な状況が浮かび上がった。回答した225人の内、約6割が精神的な後遺症(トラウマ)を抱えている事が分かったのだ。鞭打ちは家庭だけでなく信者の集会等でも日常的に行われており、大人達がより痛みを強くする為の鞭の「改良」案を共有する事も有ったという。
こうした2世信者の被害に注目が集まったのは、昨年7月に安倍晋三氏を銃撃したとして殺人や銃刀法違反罪で起訴された山上徹也・被告が、旧統一教会(世界平和統一家庭連合)の熱心な信者である母を持つ2世信者だった為だ。山上被告は、母親が教団に多額の寄付をした事で家族が苦しんだ経験から教団に恨みを募らせ、教団と繋がりがあると思い込んで安倍氏を殺害したとされる。
「事件が投げ掛けたのは、所謂『政治と宗教』の関係についてと、『2世信者』の問題。事件を受け、山上被告の様に、教団によって家庭が崩壊したとする訴えが多く出て来た。崩壊家庭で育った2世信者達の被害にようやく社会の関心が向けられた」と全国紙記者は言う。昨年12月、高額な寄付被害の救済、防止を目的とする法律が国会で早期成立したのも、旧統一教会の元2世信者達が声を上げたからだ。旧統一教会やエホバの証人の2世信者達は「宗教2世問題ネットワーク」という団体を作り、今後も実情を発信して行くという。
信教の自由と子供の人権をどう分けるか
「勿論多額の寄付等を防止する事も大事だが、宗教を信じるか信じないかは個人の自由。2世信者達は、親によって信仰を強制される事がそもそも虐待だと訴えており、教団による信仰の強制や、体罰を伴う強制を宗教虐待と認定して欲しいと求めている」と全国紙記者。信教の自由は憲法に規定された人権であり、決して侵してはならない。一方で、家庭や教団といった狭い社会の中で本人の意に沿わない信仰の強制が行われているのであれば、それは問題である。
これ迄も宗教が絡む大事件が起きるたび、信者の親を持つ子供達の環境は問題視されて来た。古くは95年に起きたオウム真理教の事件で、実親との関係を切り離され、教団施設で独自の暮らしをしていた子供達の存在が大きなニュースとなった。大半の子供は栄養不良に陥り、学校に通わせてもらえなかった事から十分な学力が無い子も多かった。教団の強制捜査に伴い、子供達は全国の児童相談所に一時保護されたが、多くの子供達は「教団に帰りたい」と訴える等、本人に自覚の無いマインドコントロールが社会問題となった。
旧統一教会がこれだけ社会問題化した事で声を上げる宗教2世が出て来た一方で、未だ自分の境遇が虐待に当たるという認識を持てないまま、苛烈な環境に身を置き続ける2世達も居る。何より未だ幼い子供達は、逃げたり誰かに被害を訴えたりする術を持たない。エホバの証人の2世信者の調査でも分かった通り、幼い頃に負った傷は成人してからも中々癒えない。これ以上、子供達が被害に遭わない様、効果的な対策が求められる。
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