医師ら274名が行政事件の集団訴訟
2023年2月22日、東京保険医協会を中心とした医師ら274名の有志が原告となり、喜田村洋一弁護士外3名が訴訟代理人(注・筆者は関わっていない。念のため)となって、国(実質は厚生労働省)を被告として、東京地方裁判所に対して、オンライン資格確認義務不存在確認等請求訴訟を提起した。オンライン資格確認の原則義務化が開始するとされている23年4月1日以降も、「法律上は、」患者からオンライン資格確認(健康保険法第3条第13項に規定された電子資格確認)を求められたとしても、「オンライン資格確認を行う公法上の義務がない」ということなどを、裁判所の判決で確認してもらおうという訴訟である。すでに第1回目の口頭弁論期日も指定されていて、4月21日(火)午後3時から東京地裁419号法廷で実施されるらしい。
「非局所相関の不可解な遠隔作用」の如し
筆者はすでに本誌22年10月号に「オンライン資格確認義務化の法的根拠が不足気味」という論稿を書いている。今回の、厚生労働省がオンライン資格確認原則義務化のために採用した法的な手立ては、実に不思議な法技術であった。療担規則(厚労省令)を改正すると、不思議な遠隔作用によって、全く異なった箇所にある健康保険法施行規則(厚労省令)と健康保険法(法律)の条文の一部が、字句が変わらないままでも当然にそれらの意味と効力が変更される、というテクニックなのである。少なくとも「法的根拠が不足気味」なのは明らかではあるが、それ以上に、本当に意味と効力が変更される(つまり、原則義務化される)としたら、それはあたかも量子力学でいうところの「非局所相関」に関する「不可解な遠隔作用」の如きと言えよう。
健康保険法と厚労省令の法体系
以下に、健康保険法と各種の厚労省令の法体系から、順次説明する。まず、健康保険法は、その第63条第1項で、「被保険者の疾病又は負傷に関しては、次に掲げる療養の給付を行う」として、第1号から第5号にかけて「診察」などの「療養」を列挙した。そして、法第63条第3項は、同条第1項を受けて、「第1項の給付を受けようとする者は、厚生労働省令で定めるところにより、次に掲げる病院若しくは診療所又は薬局のうち、自己の選定するものから、電子資格確認その他厚生労働省令で定める方法(以下「電子資格確認等」という。)により、被保険者であることの確認を受け、同項の給付を受けるものとする」と規定している。この法第63条第3項こそが、「電子資格確認等」の基本条文と言えよう。さらに、ここで言う「厚生労働省令で定めるところにより」の「厚生労働省令」とは、健康保険法施行「規則第53条の規定により被保険者証等を提出して受給することを意味する」(健康保険法の解釈と運用・平成29年度・法研489頁)し、「厚生労働省令で定める方法」とは、やはり「健康保険法施行規則」第53条〔法第63条第3項の厚生労働省令で定める方法は、当該各号に定めるもの(…中略…)を提出する方法とする。一 保険医療機関から療養を受けようとする場合…(中略)…被保険者証 二…省略…〕に定める方法を指すこととされており、この点は全く争いがない。
そうすると、これを法第63条第3項に当て嵌めて整理すると、次のようになる。
「療養の給付を受けようとする者は、健康保険法施行規則第53条で定めるところにより、次に掲げる病院若しくは診療所のうち、自己の選定するものから、電子資格確認その他被保険者証を提出する方法により、被保険者であることの確認を受け、療養の給付を受けるものとする」
そして、この規定は今までは、たとえ患者が「被保険者証を提出する方法」でなくて、「電子資格確認」を選択して保険医療機関に「電子資格確認」を求めたとしても、それは保険医療機関に対して強制的なものではなく、任意のものであると解釈され、運用されて来た。また、次に述べる通り、今回、「療担規則」の改正が行われた(施行は、23年4月1日)が、前述の健康保険法第63条第3項には(もちろん、健康保険法施行規則第53条にも)、何らの変更もない。従って、上位の法である健康保険法(とそれと一体化した健康保険法施行規則)に何らの変更がない以上、「電子資格確認」は保険医療機関にとって、たとえ患者からの選定・申出があったとしても、従来と同じく任意のものであって変わりはないと考えるのが、通常一般人の誰が聞いても普通のことであろうと思われる。
療担規則の改正
現在、厚労省は療担規則の22年9月5日付け改正(23年4月1日から施行)の法的手立てだけによって、オンライン資格確認の義務化を実施しようとしている。
まず、療担規則第3条第1項本文は、次のとおりであった。
「保険医療機関は、患者から療養の給付を受けることを求められた場合には、健康保険法第3条第13項に規定する電子資格確認又は患者の提出する被保険者証によつて療養の給付を受ける資格があることを確認しなければならない」
改正のメインは、療担規則第3条のうちの第2項である。それは、「患者が電子資格確認により療養の給付を受ける資格があることの確認を受けることを求めた場合における規則第3条第1項の規定(資格確認)の適用については、保険医療機関は、患者から療養の給付を受けることを求められた場合には、電子資格確認によって療養の給付を受ける資格があることを確認しなければならない」と改正されたのであった。ここで問題となるのは、この第2項は法的拘束力を有する規定であるのか、それとも、法的拘束力までは有していない道義的な意味合いの訓示規定なのか、という点であろう。
法的拘束力の有無が争点
当然、厚労省は、療担規則第3条第2項には法的拘束力があるという立場であり、それ故、もしも違反したら保険医療機関指定取消事由・保険医登録取消事由にも成りうると22年8月24日に宣明したのであった。アインシュタインその他の通常一般人においては、基本条文たる健康保険法第63条第3項(とこれと一体化した健康保険法施行規則第53条)が何ら改正されていない以上、もしも「遠隔作用」で条文の意味が変わるような「非局所相関」があったとしたら、「不可解な遠隔作用」だと思わざるを得ない。
しかしながら、厚労省は、おそらく「非局所相関」を生じさせる媒介項として、「療養の給付を担当」させる準拠条文(健康保険法第70条第1項と、そこで言う「厚生労働省令で定めるところにより」の意味する「療担規則・第1章保険医療機関の療養担当・第1条から第11条の3まで」)を持ち出すことであろう(前掲書531頁)。準拠条文に療担規則第3条第2項が含まれているからである。患者には保険医療機関を強制的に従わせる権利までは与えられていないけれども、保険医療機関にはそれでも公法上の義務だけは生じているという立論となるのであろう。甚だ不自然ではあるが、絶対に成り立ち得ない理屈という程でもない。しかしながら、法律と厚労省令の形式的効力(厚労省令たる療担規則をもって法律たる健康保険法を改変できないという法令相互間の上下関係)、資格確認の厚労省令における主たる所管(療担規則が診療のメインであるのに対し、健康保険法施行規則が資格確認のメインであること)、健康保険法第63条第3項の改正の容易性(「電子資格確認等のうち、自己の選定する資格確認方法により、」という患者サイドからのひと言を挿入すれば足りること)などの理由からすると、私見では、原告らに分があるように感じられる。
いずれにしても、訴訟の推移から目が離せないところであろう。
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