高齢者が6月に受け取る4、5月分の年金の伸びは、2022年の物価の伸び(2・5%)より小幅となる。デフレ時には機能しない年金を抑える仕組み、マクロ経済スライドが3年ぶりに発動される為だ。物価がプラスに転じ、過去に積み残した抑制分を一気に解消する格好となるが、物価高騰の折、厚生労働省内には制度の危うさを危惧する声が漏れる。
23年度の年金改定率は、同年度中に68歳以上になる人で前年度より1・9%増、67歳以下なら2・2%増となる。いずれも金額自体は増えるものの、伸び率は物価より0・6ポイント下回り、その分年金の価値は下がる。給付額で見ると、厚生年金を受け取る67歳以下のモデル世帯は月額で4889円増の22万4482円、国民年金(満額支給の場合)は1434円増の6万6250円だ。
本来年金は毎年4月、過去3年度分の実質賃金変動率と直近1年間の物価変動率を基に改定率が決まる。23年度の場合、通常なら68歳以上の人は2・5%増、67歳以下の人は2・8%増になる筈だった。
それが今回、共に0・6ポイント低くなるのは、物価や賃金の伸びよりも年金の伸びを抑えるマクロ経済スライドの抑制率が0・6%になる事が理由だ。
同スライドは現役世代の減少率と平均余命の伸びから弾いた数値(23年度は0・3%)分だけ、毎年年金の伸びを抑える仕組みだ。04年の年金改革で導入され、厚労省は少子高齢化を乗り切る為の切り札と位置付けていた。
ただ、実額が減るのを嫌う政治の強い圧力で、当初は物価がマイナス時は適用しないルールとされた。ところがその後、想定外のデフレ続きとなって発動出来ない年が続き、初実施は15年度迄ずれ込んだ。この間年金抑制は一向に進まず、堪り兼ねて18年度、デフレで適用出来なかった年度の未実施分を積み残せるようにし、物価が上昇に転じた翌年度に過去分もまとめて抑制する「キャリーオーバー」を採用した。
23年度の例で言うと、21、22年度は同スライドが見送られ、調整分が計0・3%分たまっていた。これに23年度分の0・3%を加えた0・6%分だけ、年金の伸びが抑えられる事になる。
同スライドは年金財政の収支が安定するまで続けられる。年金の伸びが物価や賃金の伸びより低くなる以上、高齢者の生活を圧迫する。導入時には23年度で終える計画だったのがデフレの長期化により、これまで実施出来たのは15、19、20年度の3回だけ。給付抑制は遅れに遅れ、同スライドは46年度まで続けないといけない見通しとなった。
抑制分の積み残しを一度に解消する「キャリーオーバー」とて、政治的妥協で導入された。厚労省幹部は「無いよりはまし」と言うものの、歪みは大きい。毎年度適用していれば23年度の抑制は0・3%で済んだのに、過去分も加わった事でマイナス0・6%に膨らんだ。物価が大幅増となった局面で年金を大きく目減りさせる事になり、却って高齢者を苦しめ兼ねない。
今後少子高齢化が一層進展する状況下では、マクロ経済スライドの抑制幅は更に大きくなる見通しだ。「物価が大幅に伸びた時、本当に政治家は年金を大きく減らす決断を出来るのか。キャリーオーバーは問題が多い」。厚労省幹部はそう呟く。
LEAVE A REPLY