性能向上も購入に踏み切らない理由とは
高齢化が進む日本で、見逃してはならない不調が放置されている。そんな衝撃的な調査結果が1月下旬に公表された。
「聞こえ方の不調です。聴力や補聴器に関する国際調査で、日本は難聴者の割合は諸外国とそう変わらないものの、補聴器の所有率が際立って低い事が分かった。つまり、聞こえ難いという症状がそのまま放置されているんです」(全国紙記者)。加齢と共に難聴に悩む人は増えるが、「聞こえ難い」事は認知症等の新たなリスクを生む。難聴を放置しない対策が急務だ。
調査を行ったのは、補聴器メーカー団体「一般社団法人日本補聴器工業会」。福祉用具の研究を行う「公益財団法人テクノエイド協会」と「欧州補聴器工業会(EHIMA)」が協力し、世界16カ国の国際調査の一環として日本の1万4061人を対象に行われた。過去にも同様の調査が行われており、今回が4回目となる。
その結果、「聞こえ難さ」を自覚している人の割合は全体で10%。年代別では75歳以上が最多の34・4%、次に65〜74歳で14・9%となっており、年齢が上がるにつれ難聴が増えている事が窺われた。これを諸外国と比べると、難聴者率が最も高かったのはポーランドで15%。次いでイタリア(12・5%)、オーストラリア(11・8%)、スペイン(11・3%)の順。逆に割合が最も低かったのは中国(5・8%)で、韓国(5・9%)、スイス(8%)が続いた。
都内の耳鼻科医は「高齢化が進んでいる国では当然、難聴者の割合は高くなると考えられる。日本にはだいたい1600万人近い難聴者が居るとされ、調査の数値は少し低めかなと感じる」と印象を語る。ただ、今回の調査はあくまで聞こえ難さを自覚している人の割合であり、実際に難聴かどうかは分からない。
問題は、聞こえ難さを感じている人がそこそこ居るのに、補聴器を所有している人の割合が低い事だ。加齢に伴う難聴の治療は難しく、現実的には補聴器で聴力を補うしかない。視力が落ちたら眼鏡で補うのと同じ考え方だ。
しかし、調査によると、聞こえ難さを感じている人の補聴器の所有率は15%で、日本は16カ国中、下から2番目となっている(最下位は中国)。最も高いデンマークでは55%、イギリス(53%)やノルウェー(49%)、フランス(46%)等、欧州では半数近くが補聴器を持っていた。日本補聴器工業会は「日本は難聴者率は各国と大きな差は無いが、補聴器所有率は、各国との差が前回調査よりも開いてしまった」と危機感を吐露する。
日本は補聴器購入迄の道のりが長い
何故、この様な結果になってしまうのか。前出の耳鼻科医は「患者、医療者、補聴器メーカーの3者、それぞれに問題が有る」と指摘する。
先ず、患者の問題として挙げられるのは、「聞こえ難さ」を病気と捉えていない点だ。難聴は生活の質を著しく下げるだけでなく、音を処理する脳の機能も低下させ、認知症や鬱、睡眠障害等の疾患を発症させるリスクが高まる。それなのに、調査では耳鼻科医やかかりつけ医に聞こえ難さについて相談した難聴者は38%に留まり、医師に相談した人でも、補聴器の使用を勧められた人は諸外国に比べ低かった。
「視力同様、難聴も少しずつ進行して行くが、多くの患者はかなり進行してから医療機関に来る。本来は早くから補聴器に慣れる事が必要なのに」と耳鼻科医は憂う。
次に、医療者側の問題を見てみよう。難聴で医療機関に掛かっても、補聴器の使用を勧める医師が少ない事は前出の通りだが、それは何故なのか。「補聴器は購入して完結という機器ではない。言語聴覚士や認定補聴器技能者等の専門家を交えて、聞こえ方の調整やトレーニングをして慣れて行くもの。視力が下がればレンズを変える眼鏡同様、その時の状態によっても調整を続けないといけない。しかし、日本の多くの耳鼻咽喉科にそうした専門職は常駐しておらず、補聴器について詳しい医師も少ないのが現状だ」(同)
日本の耳鼻咽喉科医の半数は、補聴器が必要かを判断し、必要であれば販売店を紹介して患者に合った補聴器選びを勧める「補聴器相談医」の資格を有しているのに、臨床現場で生かせていないのだ。医療の値段が決まっている日本では、補聴器の調整等に関する診療に診療報酬が十分に付いておらず、補聴器に関する診療をしてもお金にならないという環境も影響していると考えられる。
更に、補聴器メーカーにも問題が有る。今回の調査で浮かび上がって来たのは、日本人の補聴器に対するネガティブなイメージだ。「購入した補聴器販売店を友人・知人に紹介したいか」という問いに対して、多くの人が否定的だったのである。専門店、眼鏡店、インターネット通販と補聴器の販路は幾つか有るが、特にネット通販において否定的なスコアが高かった。
日本では、医師の診断や検査無しでも補聴器を買える。ある医療関係者は、「最近は高齢者もネットで情報を得るので、補聴器の情報をネットで収集する人も多い。でも、どこの店に行くか、どんな機種が良いのか、最終的に購入に踏み切るかといった決断の場面では、周囲からの〝口コミ〟がものを言う。ところが、補聴器を使ってみたら格段に生活の質が上がったという経験談や、あそこの店がお勧めと紹介される例が身近にあまり無い上、医師の関与も無ければ、購入を尻込みしてしまうのではないか」と分析する。
一方で、こんな体験談も有る。「耳が遠い祖母はかなり前に補聴器を買ったが、合わないと言って殆ど使わなかった。ところが、最近になって新しい補聴器を勧めたところ、随分と性能が良くなっていたようで、喜んで直ぐ購入し、日中は殆ど装着するようになった。こちらの声が聞こえるようになって電話の回数も増え、元気になった様に見える」(都内の30代女性)
所有率と満足度を上げる取り組みを
前出の耳鼻科医は、「補聴器の性能は、近年のデジタル技術によって格段に上がった。しかし、日本人の多くは前時代的な補聴器のイメージを持ち続けている」と溜め息を吐く。強引な販売をする等、通信販売の一部で過去に不適切な販売方法が行われた事も、マイナスイメージを助長している様だ。これについては、業界団体が適切な販売方法を広める必要が有るだろう。
又、技術革新により補聴器の性能が上がった事、細かい調整が出来る為使い易くなった事、眼鏡同様、新しい機器に買い替えながら使う事等も、メーカー側がもっと宣伝する必要が有る。販売店や紹介してくれた医師との良い関係が築けていれば、購入後のきめ細かいケアにも役に立つだろう。
ただでさえ補聴器の所有率が低いのに、調査によると、日本では補聴器を持つ人達の満足度は50%に留まっていた。これは16カ国中、最下位の数字だ。日本より補聴器の普及率が低かった中国は、補聴器の満足度では92%で16カ国中トップだ。利用者の満足度を上げないと、普及が進む筈が無い。
調査で補聴器の所有率が高かった欧州では、補聴器購入に手厚い補助がある国も多い。日本でも同様の補助があれば普及は進むだろうが、所有率だけでなく、満足度も上げて行く必要が有るのだ。
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