2023年の通常国会が幕を開けた。不祥事が続く中、支持の離反を誘発する増税案まで掲げたのだから、「崖っ縁」にも見える岸田文雄・首相だが、自民党内で〝岸田降ろし〟の動きは乏しい。「辞めろ」の声は時折上がるが、右派勢力の一部に限られ、直ぐに尻窄みになる。支持率低迷で墜落しそうなのに奇妙な安定飛行を演じる岸田政権の内側を覗いて見る。
「辞める閣僚の数等、3人だろうが4人だろうが問題じゃないと言っただろ。先々を見据え、真摯に仕事に向き合っている限り、〝岸田降ろし〟は起こらないんだよ。というか、起こせないんだよな」
岸田首相に近いベテラン議員は自慢げに鼻を鳴らした。
昨年末、国会内は秋葉賢也・復興相が辞任するか否かを巡り、政局の臭いが漂っていた。既に閣僚3人が連続辞任し、首相の辞任も「リーチ状態」だと、右派の若手らは喧伝した。第1次安倍晋三政権が閣僚4人の辞任で崩壊した前例に習えば、「もう持たない」というのがその理由だった。
岸田首相は年末、秋葉復興相の事実上の更迭に踏み切った。しかし、4人連続の辞任でも党内の情勢は殆ど変わらなかった。ついでに問題発言が相次いだ杉田水脈・総務政務官の首も切ったが、何れの人事もインパクトは乏しかった。政局にもならないし、国民の関心も引かなかったのだ。
先のベテラン議員が続ける。
「党内には大規模な内閣改造による刷新を求める声も有った。でも、薗浦健太郎・元副外相の政治とカネを巡る不祥事が有っただろ。〝政治と宗教(統一教会問題)〟と〝政治とカネ〟のダブルチェックは本当に難しいんだ。大規模人事をやった途端、不祥事発覚じゃ、さすがに持たない。大事を取った。でも、確かめられた事も有る。4人連続辞任でも政局にはならないという事だよ。〝ポスト岸田〟が居ないんだ」
ライバル不在は言い過ぎだろうが、確かに、次の首相候補だと衆目が一致する様な逸材はいない。党内では有力候補として、茂木敏充・幹事長、河野太郎・デジタル相、高市早苗・経済安保担当相、林芳正・外相らの名が挙がるが、いずれも一長一短で、決め手が無いのだ。
〝ポスト岸田〟の一長一短
茂木幹事長は当選10回。政策通で、経済産業相や外相等の要職をこなして来たが、統一教会を巡る対応で後手に回り、危機管理能力に疑問符が付いた。麻生太郎・副総裁と仲が良く、麻生派との連携も考えられるが、煮詰まった話には成っていない。麻生副総裁も様子見なのだろう。
前号で年男と紹介した河野デジタル相は、課題の仲間集めに精を出している。周辺によると、日程に隙間が無い程、政財官関係者との会合をこなしているというが、勢力形成には未だ時を要しそうだ。
高市経済安保担当相は右派から根強い支持は有るが、岸田首相が打ち出した防衛費増額の為の増税に対し、「事前に内容を知らされていない」とトンチンカンな反応を示し、評価を下げた。右派の牙城の安倍派からの支持も限定的で、所謂〝ネトウヨ(ネット上の右派勢力)〟の有力候補のレベルと見られる。
林外相は岸田派のナンバー2。岸田首相を支え、目に見える実績を残さなければ、将来展望は開けない宿命にある。先ず、岸田首相が今年最大の目標と据えた主要7カ国首脳会議(広島サミット)での手腕が問われる。〝ポスト岸田〟はそれ次第だろう。
首相候補にはこの他、萩生田光一・政調会長らの名前も挙がるが、安倍派内部での主導権争いも有り、まとまりを欠いている。つまり、自民党内で直ぐ様、岸田首相に取って変わる逸材は見当たらないのだ。
増税に潜むアベノミクス転換の意図
有力候補の不在が岸田政権にある種の安定感をもたらしているのは事実だろう。ただ、岸田政権はもう1つの本質的な政争の種を抱えている。昨年末、岸田首相が示した増税案を巡って顕在化した右派勢力とのせめぎ合いである。
安倍派の中堅が語る。
「岸田首相は安倍晋三元首相の様な明快なポリシーが有って防衛費を増やそうとしているのではない。米国の言いなり。米国主導の世界戦略に乗っているだけだ。財源も財務省の言いなりだ。国民の嫌がる増税に敢えて持って行ったのは、防衛費にブレーキを掛ける意図なんだろうと疑いたくなる。言ってる事とやってる事がバラバラだ」
防衛費増額の為の法人税、所得税、たばこ税の増税時期は昨年末の自公の税制調査会で「2024年以降の適切な時期」とされた。今年の政局は、国民生活に直接影響の出る増税と不可分になっている。党内では増税容認派が優勢なものの、右派を中心に反対派もくすぶったままだ。
財源について、右派勢力にも様々な意見が有るが「安保政策の重要性に鑑みて、財源は国債を当てるべきだ」というのがその代表だろう。これに対し、岸田首相周辺が重視したのが財政学で言う「ペイゴーの原則」だ。新たな歳出拡大を行うには、同時にその財源を確保しなければいけないというルールである。前出の安倍派中堅が「財務省の言いなり」と言ったのはこの事を指すが、岸田首相にはもう少し深謀が有ったという。
岸田派の中堅が語る。
「膨大なコロナ対策費、更には物価対策費……。財政赤字は膨らむ一方だ。どこかで財政規律を正常化しないと破綻が待ち構える。この世界情勢で防衛費増額は不可欠だが、敢えてその重要な予算で財政規律回復のショック療法を試みた。財務省の入れ知恵なんかじゃない。岸田首相は豪胆だと思うよ」
就任以来、岸田首相が財政再建を声高に語った事は余り無い。しかし、出自を考えればなる程と思える節も有る。政府系の日本長期信用銀行(現SBI新生銀行)出身なのだ。国防予算と財政規律のドッキングには大きな波状効果が期待出来る。社会保障や経済対策など多くの予算に影響を与えるし、国防予算を神域視する党内右派への牽制にもなるからだ。
昨年末の増税騒動の最中、萩生田政調会長は突然に「衆院解散」に言及したものの、大きな物議を醸すまでにはならなかった。岸田首相も増税前の解散に含みを残したが、早期解散で当選が危うくなるのは統一教会との関わりを指摘された右派の若手という事を考え合わせれば、反対派の口封じを狙った脅しにも見える。
「衆院解散なんかにも言及し、右派を上手く牽制しているよな。岸田さんは存外策士だ。増税に潜む政治的な狙いは、アベノミクスの転換じゃないか。本来、歳出が拡大すれば長期金利が上昇し、その痛みが歳出膨張を牽制するメカニズムが働いていた。ところが、このメカニズムはアベノミクスの金融緩和で壊れた。これを正常化し、マクロ経済政策を岸田カラーへと転換させようとしているんじゃないか。となると、次の焦点は日銀総裁人事だろうな」自民党長老は増税の裏側の意図をそう読んでいる。低支持率ながら安定飛行が続く。もしかすると岸田マジックなのかも知れない。
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