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未来の会

医療界に於けるジェンダー問題

医療界に於けるジェンダー問題

最終回 LGBTQに関して病院や診療所で取り組むべき事とは

本連載もいよいよ最終回である。今迄はジェンダー問題として男女の問題を取り扱って来たが、ジェンダーに加えて今回は医療現場に於けるセクシュアリティに関する問題を提起してこの連載を終えたい。

LGBTQとは

 LGBTQはレズビアン(Lesbian、女性同性愛者)、ゲイ(Gay、男性同性愛者)、バイセクシュアル(Bisexual、両性愛者)、トランスジェンダー(Transgender、性別違和)、自分の「心の性」や「好きになる性」が決まっていなかったり決めたくなかったりするクエスチョニング(Questioning)の、それぞれの頭文字をとった言葉である。LGBTQ+と記載される事もある。LGBTQの人口規模に関する成人を対象にした調査によると、成人の5〜8%前後がLGBTQであると推定されている。自分の周りにLGBTQ当事者がいる前提で行動するべきだ。

 LGBTQについて理解する為に、先ずはセクシュアリティの4要素を整理しておく必要がある。セクシュアリティとは、性に関する行動や傾向の総称の事で、①生物学的性(生まれた時の性別や身体的性別)、②性自認(自分の性別に対する自己認識)、③性的指向(性的な欲求や恋愛感情が何処に向くか)、④性表現(服装や話し方等による性表現)が含まれる。LGBTQと言ってもこの4要素の組み合わせは多様である。例えば、ゲイの場合、生物学的性は男性、性自認は男性、性的指向は男性、性別表現は所謂男性らしい人から中性的、女性らしい人まで様々だ。トランスジェンダーは、生物学的性と性自認が異なる。男性から女性へのトランスジェンダーをトランス女性あるいはMtF(Male to Femaleの略)、女性から男性への場合はトランス男性あるいはFtM(Female to Maleの略)と呼ぶ(ちなみに、トランスジェンダーの対義語はシスジェンダーで、生物学的性と性自認が一致している人を指す。「心の性」と「体の性」が共に「男性」の場合は「シスジェンダー男性(シス男性)」、共に「女性」の場合は「シスジェンダー女性(シス女性)」となる)。トランスジェンダーの恋愛対象の方向性については又別の話で様々だ。

 又、セクシュアリティは全ての人に関わるものである為、性的指向(Sexual Orientation)と性自認(Gender Identity)の頭文字を取って、SOGI(ソジ・ソギ)と表現する事もある。

LGBTQ当事者に配慮した職場とは

 大多数の人が異性愛者なので、職場に於ける制度や働き方、コミュニケーション等も、異性愛を前提としたものになりがちである。しかし、LGBTQ当事者は職場で一緒に働く仲間の中にも居るかもしれない。LGBTQに対して差別的な発言をするスタッフが居た場合には、指摘して改める様に働き掛ける事も大切だ。「彼女/彼氏は出来たのか?」とか「早く結婚した方がいい」等と言うのは、異性愛者にとってもセクシュアル・ハラスメントだが、同性愛者にとっても重大なハラスメントである。又、職場の、結婚や出産、育児等に関する休暇や手当に関する権利は同性愛者には行使出来ない事が多い為、就業規則等で同性パートナーシップに関する取り決めをしておくと良い。差別的発言ではなくとも、異性愛を前提とした会話に同性愛者は参加し辛く、疎外感を覚えがちで、その様な職場では馴染み辛いと感じるかも知れない。LGBTQ当事者が職場に居ると考えたコミュニケーションを心掛ける必要がある。恋人や夫/妻等の事も、「お付き合いしている人」「パートナー」「配偶者」等と性別を含まない表現に置き換えた方が良い。

 当事者は信頼している人にのみ勇気を出してカミングアウトをする事が多い。本人がカミングアウトしたとしても、その情報を誰に伝えて良いのか本人に確認せずに他人に伝えてはならない。 SOGI の望まぬ暴露、つまり本人に許可無くSOGIに関する情報を他人に伝えてしまう事を「アウティング」と呼ぶ。同級生から同性愛者である事を暴露(アウティング)された一橋大学ロースクールの当時25歳の男子学生が、心身の不調を来たし、2015年8月に大学構内の建物から転落死した「一橋大アウティング事件」が知られている。その後パワハラ防止法(改正労働施策総合推進法)が施行され、全ての企業に、SOGIに関するハラスメント(SOGIハラ)やアウティングの防止策を講じる事が義務付けられている。

 性自認についても考えてみたい。トランスジェンダーの中には、自分の性自認と一致するトイレ・更衣室や制服、通称名を希望する人が居るかもしれない。特に必要も無いのに名簿欄に性別が記載されているのも嫌だと言う当事者も多い。ハード面は直ぐには難しいかも知れないが、ソフト面の整備可能な所から準備を進めてはどうだろうか。

全ての患者が受診しやすい医療機関に

性的マイノリティの人は、アウティングのリスクを考慮しながら、カミングアウトする範囲を慎重に選んでいる。医療機関のみならず、計画的でないカミングアウトは危険であり、無理にカミングアウトしなくても当たり前に医療が受けられる環境整備が必要である。

 19年に実施されたLGBTQ 対象の全国インターネット調査(有効回答数:1万769人)に於いて、「性的指向や性自認を理由に、体調が悪くても医療機関に行く事を我慢した事」が有るかを尋ねた所、「経験が有る」と回答した人は全体では 8.3%だった(トランス女性 51.2%、トランス男性 38.8%)。LGBTQの当事者が安心して受診出来る様にする為には、どの様な対応が必要なのだろうか。

 トランスジェンダーにとっては、外出時のトイレ使用や、法的な性別と外見の違いが主な悩みの様である。又、レズビアンやゲイにとっては結婚の話をされたり、自分が独身である事を話題にされたりすると、自分の性的指向について言い出しにくくなる。普段、多くの場面で異性愛のカップル前提で話をしている事に自覚的になるべきだ。同性パートナーが居る場合には、このパートナーがキーパーソンとして尊重される事も重要である。法的には家族ではない為に、長年連れ添ったパートナーの手術説明や看取りの場に立ち会えないという様な事も起こり得る。同性パートナーの扱いを排除しない取り組みが必要である。

 又、性別記入欄をなるべく最小限にする、「男性」と「女性」以外の選択肢を作成する、部屋や病衣等の性別による色分けをしない、どの様に名前を呼んで欲しいか(欲しくないか)確認する、等という配慮は比較的導入し易いのではないだろうか。

 加えて、医療者に対するSOGIに関する教育の重要性は言う迄も無い。LGBTQ当事者は、前述した通り数%程度存在し、医療機関を日常的に受診している筈なのである。当事者の存在を医療関係者が意識する為の教育が必要だ。又、医療者個人個人の啓発や対応も大切だが法整備によって啓発が進むと、医療機関内のルールの設定等がスムーズに行える様になる。

 本連載11回迄は男女について取り扱って来たが、今回、セクシュアリティに踏み込み、LGBTQについての概要を紹介した。日本社会が「異性愛」の「シス男性」を中心に設定されている為に不可視化されている問題が沢山在る。様々なセクシュアリティの人が医療機関で働き、医療機関を受診する。本連載がジェンダーやSOGIについてより深く知って頂く為の切っ掛けとなれば幸いである。

参考文献

津野 香奈美「教えて! 健康管理室のアライさん LGBTQ+従業員支援のための基礎知識(第1回) LGBTQ+について教えてください」『産業保健と看護』(2020)

日高 庸晴「LGBTQを取り巻く社会状況と医療現場へ求められること」『Nursing BUSINESS』(2021)

大塚 泰正「教えて! 健康管理室のアライさん LGBTQ+従業員支援のための基礎知識(第2回) LGBTQ+の方々が職場で困ることって?」『産業保健と看護』(2020)

浅沼 智也「LGBTQ 患者・医療スタッフへの対応Q&A」『Nursing BUSINESS』(2021)

帯刀 康一「パワハラ防止法・パワハラ防止指針を踏まえた『職場のSOGIハラ』『アウティング』防止に関する措置義務の留意点」『労務事情』No.1410(2020)

松本 洋輔「LGBTQ当事者が医療施設を受診したとき」『母性衛生』(2022)

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