女性の怒りに火を付けた子宮移植臨床研究案
病気の為子宮が無い女性の出産に道を開く「子宮移植」について、慶應義塾大の阪埜浩司准教授(産婦人科学)のチームが11月24日、国内初となる臨床研究の計画を学内の倫理委員会に申請した。海外では約100件の実施が有り、成功すれば子供を望む女性達の希望になる医療だ。しかし、このニュースに拒否反応を示したのは、当の女性達。臨床研究が実施されたところで多くの女性にとっては関係の無い話だが、自民党のプロジェクトチーム(PT)が8月に容認する考えを示した代理出産も改めてクローズアップされ、「女性に何が何でも子を産ませようとしている」と臨床研究を批判する声が逆に高まってしまったのである。
「慶大チームはだいぶ前から、子宮移植の臨床研究を計画していた。だが、日本で実施出来るかどうか、先ずはこうした倫理的課題の大きな医療についての大方針を示す場所である日本医学会が、その是非について検討して来た」と解説するのは、生殖医療の取材を担当する全国紙記者だ。
医療技術が目覚ましい進歩を遂げる中、「子宮移植」が注目を浴びるのは、主に倫理的な側面からだ。「現代の医療では、多くの臓器が移植され、病気の患者の命を繋いでいる。しかし、子宮という臓器は、無くても死ぬ訳ではない。出産を希望しない女性にとっては、有っても役に立たない臓器という位置付けでもある。生殖に関わる臓器は、人類の維持には必要だが、個人にとってはそうとも言い切れない複雑な立ち位置に在る」(同記者)
批判もリスクも大きい子宮移植だが……
子宮移植を必要とするのは、実子の出産を望んでいるが、子宮が無い為にそれが叶わない女性だ。慶大が申請した臨床研究の計画では、生まれつき子宮が無い病気「ロキタンスキー症候群」の女性や、良性腫瘍で子宮を摘出した女性計3人が対象とされている。ロキタンスキー症候群の20〜30代(出産適齢期)の女性は国内に約3500人居ると推定され、ここに子宮を摘出した女性も含めると、対象は5〜6万人とされている。一方、そうした女性達に子宮を提供するのは、健康な実母や姉妹等の親族が想定される。
かなり限られた対象の医療とは言え、子宮移植は倫理的に大きな課題を抱える。「心臓や腎臓、肝臓等の移植は受けなければ死んでしまう患者に行われるが、子宮移植は自分の子供を産みたいという希望を叶える為に行われる。病気とは言え、個人の希望の為に他人の体を傷付けて良いのか」(同記者)
移植するには、子宮提供者は8〜10時間に及ぶ長時間の手術を受ける必要がある。提供を受ける人の手術も5時間ほど掛かるという。手術には相応のリスクがあり、移植を受けた人は、出産を終える迄拒絶反応を抑える免疫抑制剤を使い続ける必要がある。子宮が定着したとしても必ずしも出産出来るとは限らず、出産は帝王切開となる。又、子宮の役目が終われば、再度子宮を取り出す必要がある。「出産を希望する為」という目的に対し、提供者にも患者にも負担が大き過ぎるという批判があるのは当然だ。
それでも、受精卵を第三者の女性の子宮に移植し出産してもらう「代理出産」が認められていない日本では、子宮の無い女性が自分の卵子とパートナーの精子で子供を作るにはこの方法しかない。又、産んだ女性を「母」と規定する日本の法制度の下では、仮に海外で代理出産を利用したとしても、法律上の「実子」にはならない。慶大の倫理委は年明けから審査を始め、早ければ来年度中に研究が始まる。
ところが、このニュースが報じられると、SNSを中心に研究を非難する声が噴出した。曰く、「女性を搾取する事ばかり」「人間の臓器を使い捨ての道具にするな」「子宮が無い女まで産む機械にしたいという意思を感じる」「貧しい女性は子宮を売れと言われる未来が来る」等々。反対派は「#子宮移植合法化に反対します」等のハッシュタグで研究計画を非難した。
こうした反対論に対し、「ニュースになったのは一大学の臨床研究で、被験者は3人。そもそも、慶大の倫理委が承認したとしても、子宮移植が合法化される訳ではない。現状でも、子宮移植は『違法』とされている訳ではない」と語るのは、東海地方の大学医学部講師だ。
世界では進む子宮移植による出産
「世界で初めて子宮移植が行われたのは2000年で、移植した子宮による出産が初めて報告されたのは14年。ここ数年で報告例は増え、22年10月時点で、海外では98例の子宮移植が行われ、52人の子供が生まれている。こうした海外での事例を踏まえ、国内でも日本医学会や日本移植学会が、医学だけでなく倫理学や法学の観点からも子宮移植の是非について議論を続けて来た」(同講師)
この講師によると、現行法に子宮移植についての取り決めは無い。臓器移植について定めた法律としては臓器移植法が有るが、同法の定める「臓器」に子宮は入っていないからだ。更に、同法の運用指針は「臓器移植を目的として、法及び施行規則に規定されていない臓器を死体から摘出する事は行ってはならない」としており、脳死した人からの子宮移植は行えない事になる。従って、法律に違反しないようにする為には、生体から子宮を取り出すしかない。一方、厚生労働省の臓器移植に関するガイドラインでは、生体からの移植は「やむを得ない場合に例外として実施されるもの」とあり、子宮移植がこれに当たるかどうかの議論が必要だったという訳だ。
日本医学会の倫理検討委員会は昨年7月、「当事者がリスクを十分に理解し、臨床研究を希望するのであれば、敢えて排除する事はしない」が、臨床研究として症例を少数に限るべきだと結論付けた。「決して積極的な賛成ではなく、移植を望む当事者が居る以上、反対はしないが抑制的に行われるべきだという立場。慶大の倫理委の他に、日本移植学会と日本産科婦人科学会合同の委員会でも審査される事になっており、野放図に広がる恐れは無い」(同講師)
つまり、SNSで懸念が広がった様な、子宮移植を国が推進して行くかの様な事態が起きるとは考え難い。にも拘わらず、何故この様な批判が広がったのか。
前出の全国紙記者は「批判をしていた人達は、普段から政府に批判的な意見を持っており、医療不信が強かったり、女性差別に敏感だったりする人達が多かった。子宮をモノの様にやり取りする医療への不安が、そうした層で高まってしまったのだろう」と分析する。ただ、この記者は「貧しい人が臓器を売買したり代理母をしたりして金を稼ぐ行為が海外で起きている事は事実。幸い日本では移植医療は極めて倫理的に行われているが、将来も続くとは限らない。しっかりと監視して行く必要は有る」と反対派の不安にも理解を示す。
先天的に子宮が無いロキタンスキー症候群の女性は、国内で約4500人に1人の割合と言われる。しかし、思春期になっても月経が無い等、違和感を覚えながらも産婦人科に掛かるのを躊躇い、同症候群と分からないままの女性も居る。同記者は「がん等で子宮を摘出した人もそうだが、出産が出来ないからと恋愛や結婚を諦め、適切なカウンセリングを受けられない女性も多い。子宮移植という選択肢を示す事も大事だが、そうした女性のケアも同時に進めて行く必要がある」と幅広い支援に期待を込めた。
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