製薬大手「エーザイ」が米国の製薬会社「バイオジェン」と共同開発を進めて来たアルツハイマー病(AD)の新たな治療薬候補「レカネマブ」は、最終段階の治験で有効性が確認され日本国内での承認も有力視されている。ただ、厚生労働省内は「不治の病を治せるようになる扉が開いたかも知れない」(幹部)と期待を寄せつつも、複雑な思いで見つめている官僚が多い。
ADは「アミロイドβ(Aβ)」と呼ばれるたんぱく質のうち異常化したものが長年掛けて脳内に蓄積して凝集し、神経細胞を壊す事で引き起こされるという説が最有力だ。これ迄の承認薬は神経細胞に作用して症状の悪化を先送りするもの等で、進行そのものを抑える薬はまだ承認されていない。
この点、レカネマブはAβが沢山くっ付いたたんぱく質の固まりを溶解する薬剤だ。正常な神経細胞を守る目的で開発が進められて来た。昨年末、日本での承認が見送られた「アデュカヌマブ」もエーザイとバイオジェンの共同開発による薬で、レカネマブはアデュカヌマブの後継薬と位置付けられている。
9月28日のエーザイの発表によると、治験は2019年3月から米、日、欧州等で軽度認知症の人たち約1800人を対象に実施。2週間に1度、点滴で本物の薬を投与するグループと偽の薬を投与するグループに分け、1年半に亘って観察して来た。
その結果、レカネマブを投与したグループでは症状の悪化が27%抑えられ、有効性が確認出来たという。副作用とされる脳内浮腫の発生率も想定内に抑えられたとしている。エーザイの内藤晴夫CEOは記者会見で「これほど高い有意差を示すデータは初めて」と意気込み、今年度中に日米欧で承認申請する考えを示した。
薬に詳しい厚労省職員は「良い薬である事は確かなのだろう」としながらも、治験が奏功した理由については「治験対象者を厳選出来た事が大きいのでは」と話す。
レカネマブといえども既に壊れた神経細胞の修復は出来ない。つまり、認知症が進んでいる人には効果が無い。治験対象者をAβが蓄積し、かつ神経細胞へのダメージは未だ小さい初期の認知症の人、認知症の前段階「軽度認知障害」(MCI)の人に絞り込む事に成功し、十分に薬効を引き出せたという訳だ。
日本で承認され保険適用となっても、対象者は確実に脳内にAβが蓄積し、認知症状も治験参加者と同レベルの人に限られそうだ。ある程度進行している人は軒並み対象外とされるだろう。厚労省幹部は「保険財政面からも絞り込まざるを得ない。期待する多くの人を失望させてしまう事にならないと良いが」と顔を曇らせる。
エーザイは治験参加者に対し、Aβの蓄積具合を画像で確認出来るアミロイドPET検査の受検を要件としていた。Aβが確実に溜まっている人を選び出す事が目的だ。但し、1回に数十万円掛かる。レカネマブの薬価自体も高額となる見通しで、治療で投与をする際にPETを要件とするなら保険財政も患者自身も負担は大きく膨らむ。「認知症になる人を減らせるなら、介護費用の軽減に繋がる事も期待出来る」との見方も有るものの、同省内で大きな声にはなっていない。
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