『日本は世界5位の農業大国』(浅川芳裕:講談社+α新書)という本が有る。12年前に発行された本だが、日本の農業政策に興味を持つ切っ掛けには良い作品である。
書籍の内容の概説には「年生産額8兆円はアメリカに次ぐ先進国第2位!! 食糧危機と農家弱者論は農水省によるでっち上げ! 生産高——ネギ1位、キャベツ5位、コメ10位! 7%の超優良農家が全農産物の60%を産出!! 自給率が示す数字と一般的な感覚がかけ離れているのは、農水省が意図的に自給率を低く見せて、国民に食に対する危機感を抱かせようとしているからである。では、何故そんな事をするのか。端的にいうと、窮乏する農家、飢える国民のイメージを演出し続けなければならないほど、農水省の果たすべき仕事がなくなっているからだ。そして、どうすればラクをして儲けられるか、いかにして省や天下り先の利益を確保するかという自己保身的な考え方で、農水省が農業政策を取り仕切っているからである。農水省幹部の頭には、国民の食を守るという使命感などまるでない」とある。
この概説から、農水省が国民の食糧に関する危機感を煽る事で農水利権を確保していると指摘している事が窺える。減反政策はその代表格であり、族議員の利権に他ならない。それは中央官庁によく見られる思考ロジックだと思料する。財務省も同じ事が言える。政府の財政危機を声高に叫ぶ事で国民に将来的な危機感を抱かせ、〝増税やむ無し〟の世論形成を常に図っている。国民から税を1円でも多く徴収し、歳出は出来る限り絞る努力を行うのが勘定奉行時代からの財務省の思考傾向なのだ。
「年貢の納め時」とはもうこれ以上は逃れられないという諦め時を意味する。悪事をし続けた者が捕まって罪に服させられる様を想起したりもする。農水省は食糧不足を殊更に煽り、農水利権の確保と拡大を図り、財務省は財政破綻を匂わせ歳出を出来るだけ少なくして国の経済成長や国際競争力を抑制する。この様なネガティブな動機付けによる国家運営が日本の長年に亘る経済成長の低迷の要因になって来たのだろう。
高齢化は生産性向上のチャンス
さて、日本における農業の将来はどうなのか。
日本の食料自給率は2000(平成12)年以降40%前後の横這いで推移している。農水省は17年以降に高齢化によって大量の離農者が出て更に生産高が減少して行く事を危惧している。しかし、実際にはそうとは限らない。世界の多くの国が零細の農家に撤退を促す離農政策を進めている。アメリカでは長い年月を掛けて農業人口を3割以上削減して来た。それによってアメリカは世界でも稀に見る農業の合理化を進める事が出来ている。
a日本においても高齢化による離農をネガティブに捉えずに合理化を進めるチャンスと考えれば良いのではないか。将来的に起こり得る食料分野においての需給ギャップは生産性の向上で乗り越えるしかない。農地や労働力を集約して効率良く生産出来る様になる事で現在よりも出来高が飛躍的に向上する事が期待出来る。
又、日本の農産物は世界から「美味しく」て「ヘルシー」で「安全」だという高い評価を受けている。食に拘りの有る世界中の富裕層から人気を得ている。18年の日本の農業生産高は世界8位だったが、輸出額ではまだ世界44位に留まっている。農業の効率化を進め生産性を向上させる事によって、品質が良く評価の高い日本の農産物を世界に輸出する政策を益々進める事が出来る。輸出によって農産物に対する市場を拡大し成長分野とする事は十分に可能な筈である。21年には輸出額が念願だった1兆円を大きく超えて1兆2000億円以上になった。それでもオランダの10分の1、ドイツの8分の1に留まっている。農産物の輸出市場における日本の訴求力は高く、将来性の有る事業分野であると言える。
食料自給率の世界的な主流は生産額ベース
一方、食料の自給率についてである。耕作地を集積し、労働力を集約して、生産効率を高める事で出来高の向上を見込む事は出来る。しかし、効率を良くするには生産する作物も限定的になり、多品種小ロットの作付けは敬遠されがちになるだろう。つまり、農業の効率化による生産性の向上は食料自給率の向上には繋がらない可能性が有る。
そもそも、食料自給率の低下は日本人の急速な食生活の変化に起因する。米の需要が減り、パンや肉の需要が大きく増えた事から供給とのバランスが崩れて来た。それによって、大きな食料自給率の低下を招いた。ただ、この事はカロリーベースでの食料自給率の場合である。現在ではカロリーベースではなく生産額ベースの食料自給率が世界の主流になっている。生産額ベースとは、それぞれの品目の重量を、生産額を基準にして割り出すものである。18年度では国内生産額10・6兆円で国内消費仕向額16・2兆円で割ると生産額自給率は65%になる。各国の生産額自給率はオーストラリア133%、カナダ120%、アメリカ90%、フランス83%、イタリア82%、ドイツ66%、イギリス60%である。つまり、カロリーベースではなく生産額ベースでは日本の自給率は他の先進国と比較して極端に低い訳ではないが、輸出国が100%を超えている事を鑑みると低過ぎる水準と言える。
政府は30年の目標として生産額自給率を75%迄引き上げる事を目標としている。
農水省は食料・農業・農村についての基本計画として、農業の多様な経営体による下支え、農地の集積・集約化と農地の確保、需要構造の変化への対応、生産基盤の強化、所得や雇用機会の確保、総合的な食料安全保障の確立等を講じる必要が有るとしている。
農政改革は着実に進んでいる。農林水産物の輸出額は12年には4497億円であったのが19年には9121億円に増加している。生産農業所得は14年には2・8兆円であったのが18年には3・5兆円に、若者の新規就農者は09年から13年の平均が1万8800人であったのが14年から18年の平均が2万1400人に増加している。
日本の食料自給率は大袈裟に心配する程の状況には至っていない。そして、離農によって更なる自給率の低下を招くという事も無いだろう。ただ、心配する要素が無い訳ではない。近年は大規模な災害や気候の変動が頻繁に起こっているのでその影響を受ける事が懸念される。
蛇足ではあるが、食料自給率の向上を目指すだけではなく、食品ロスの削減にも取り組まなければならない。22年8月の農水省の発表によると日本全体の食品破棄は20年の推計で年間1624万トンに上る。そのうち、事業系食品ロスが275万トン、家庭系食品ロスが247万トンである。世界中の貧困エリアへの世界各国の食糧支援が420万トンである。その1・2倍もの食料ロスが日本では発生している事になる。世界各国の食料ロスと比較して日本が特に多いという訳ではないが、食料自給率の向上と共に食品ロスを減らす為の取り組みにも注力しなければならない。30年迄に世界の1人当たりの食品廃棄物を半減させる取り組みが世界的に為されている。
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