審査のスピードアップ、患者の高額負担など課題山積み
今年度、未承認の抗がん剤などを保険診療と併せて使うことができる「患者申出療養制度」がスタートした。類似の「先進医療」など既存の制度に含まれていない治療を希望する患者の中には、新制度に期待をつなぐ人も少なくない。しかし、審査をどうスピードアップさせるのかや、高額となる患者の負担など、課題も多く残る。
日本では、保険が利く診療と利↘かない自由診療を組み合わせた「混合診療」を原則禁じている。安全性や有効性が不明確な治療が横行しかねない、との懸念からだ。違反して混合診療を受けた患者は、自由診療部分だけでなく、入院にかかる基本的な費用など本来なら保険が利く部分も含めて全額が自己負担となる。
その例外が、保険外併用療養費制度である。国が承認した一部の治療技術「先進医療」などに混合診療を認める制度で、患者申出療養はこの4月から保険外併用療養費制度に加わった新たな枠組みだ。未承認の薬や、承認済みの薬を別の病気で試す「適応外使用」を素早く行えるようにする狙いがある。
第2次安倍晋三政権の規制改革会議が混合診療の全面解禁を求めたのに対し、厚生労働省などが慎重論を唱えた結果、両者の意向を折衷させる形で制度化された。先進医療、患者申出療養とも保険外の治療とはいえ、国が一定の安全性や有効性を認めた技術にのみ混合診療を認める、という点に変わりはない。
大きく違うのは、先進医療は医療機関が申し出た治療を対象とするのに対し、患者申出療養は文字通り患者が申し出た治療を対象としている点だ。先進医療の場合、治療を受けられるかどうかが決まるまでに3〜6カ月かかるのに対し、患者申出↖は国内で使用例のない治療でも、申し出から原則6週間で厚労省の「患者申出療養評価会議」が判断を下す。使用例のある治療なら原則2週間と、早さを売りにしている。
申し出までに要する相当な時間
先進医療より早く——。それが患者申出療養創設の大きな目的の一つだった。しかし、当初の狙いは早くも揺らいでいる。
天野慎介・全国がん患者団体連合会理事長「短縮できるところがあれば、少しでも短縮してもらいたい」
山崎力・東京大学医学部附属病院臨床研究支援センター長「1日も早くという思いはあるが、どうしても時間がかかる。ゼロからデザインする場合、半年から1年かかるというのが実感だ」
4月14日に開かれた、患者申出療養評価会議の初会合。この時点でまだ申し出例はなく、初回は患者団体などから、実際に治療を受けられるようになるまでの期間が長期化しないか、との懸念が示された。患者が申し出た後は6週間以内で審査が進むかもしれないが、申し出に至るまでに相当の時間を要するのではないか、との不安だ。
患者申出療養では、患者は受けたい治療に関してかかりつけ医に相談しながら情報を集める。そして、大学病院など臨床研究中核病院を通じて申し出をする。同病院は申し出までの間に、治療に一定の効果があることを示すデータの収集、患者の同意の確認、実施計画の作成、倫理委員会の審査などをする必要がある。
その期間について厚労省は14日の評価会議で「相当時間がかかる」と説明しつつ、「具体的に何カ月になるかの相場観を持っているわけではない」と明言を避けた。そこで、山崎氏が「個人の意見」として「半年から1年」との期間を示した格好だ。
申し出を希望する患者のかかりつけ医に関しては、「専門的内容の分かりやすい説明や、患者の症状等を踏まえた助言を行う」と定めている。
この日の評価会議では、石川広己・日本医師会常任理事が「正確な情報を医師会として発信していく」と強調した。それでも、患者団体の側は「本当にかかりつけ医が対応できるのか」との不安を拭えないでいる。大学病院などには相談窓口が設けられる予定だが、原田久生・日本難病・疾病団体協議会理事は「患者が正しい情報を持って、相談窓口に行けるかが疑問」と指摘した。
制度の裏に潜む「本当の狙い」
高額となる患者の自己負担も、先進医療と同様の課題として横たわる。最近、海外で承認された抗がん剤は月額100万円を超す薬剤が多くを占め、平均すれば200万円程度との試算もある。
患者申出が認められ、混合診療が可能になった場合でも、自己負担を1〜3割に抑えられるのは保険が利く入院費などだけに限られる。抗がん剤にかかる費用は全額、患者が自分で支払わなければならない。実施計画書などの書類作成費も、患者の肩にのしかかる。
保険外併用療養費制度の先進医療、患者申出療養とも、そこで認められた治療法は「将来の保険適用」を前提としている。保険適用が見送られると、低所得の人はその治療を受けることができない。患者や家族の経済力によって、受けられる治療に格差が生じる。
保険外併用療養費制度は患者負担の軽減度合いが小さいだけに、いずれ保険適用されて国民が広く利用できるようになるまでの「つなぎ」との思いも込められている。
だが、混合診療の全面解禁を求める側の狙いは違う。保険の利かない自由診療部分を広げることで、民間保険会社向けなどにビジネスチャンスを広げていくことを考えている。
患者団体の側も敏感になっており、全国がん患者団体連合会と日本難病・疾病団体協議会は昨年9月、患者申出療養によって混合診療が拡大すると保険外負担が定着していき、安全で有効な医薬品などの承認と保険適用が進まなくなる、との共同アピールを発表している。
患者申出療養で認める治療法を「将来の保険適用が前提」としたのは、こうした患者らの声を反映させた結果だ。
しかし、現行の先進医療の中にも、半永久的に保険適用されない見通しの治療法が紛れている。厚労省幹部は「何でも保険適用していけば、国の保険財政はパンクする。ごく一部の高額な治療法は当面先進医療のまま凍結せざるを得ない」と明かす。
効果の高い医薬品の開発、再生医療の進展など医療の高度化は進む一方だ。ただし、40兆円超の国民医療費のうち、9割弱は保険料と税金で賄われている。国の財政がする中、4月27日には、画期的とされる抗がん剤「オプジーボ」やC型肝炎治療薬「ソバルディ」など保険適用が決まったばかりの薬も、費用対効果を検証した上で、効果が低ければ薬価を引き下げることが決まった。
患者申出療養の医療費にも、患者団体が懸念する通り財務省などからの強い削減圧力がかかっている。自民党の有力厚生族議員の1人は、こう明言する。
「患者申出療養の治療を全て保険適用することなどあり得ない。なぜなら、高額な治療法に対し、値段が適当なところに下がるまで保険を適用しないためのツールだからだ」
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