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未来の会

周産期医療の安定供給と適正化に向けて ~行政との連携により、社会問題の解決を急ぐ~

周産期医療の安定供給と適正化に向けて ~行政との連携により、社会問題の解決を急ぐ~
石渡 勇(いしわた・いさむ)1946年東京都生まれ。71年慶應義塾大学医学部卒業、同産婦人科教室入局。77年医療法人石渡会石渡産婦人科病院副院長。89年同院長。現在理事長を兼任。2018年日本産婦人科医会副会長、22年6月同会長に就任。日本産科婦人科学会専門医、母体保護法指定医、日本臨床細胞学会細胞診専門医。代表を務める日本母体救命システム普及協議会(J-CIMELS)は、母体救命の研修会の実施を通して妊産婦死亡の削減に寄与。04年茨城県知事賞、07年世界体外受精会議記念賞、18年日本対がん協会賞、12年保健文化賞、20年旭日双光章受賞。

今年4月から開始された体外受精の保険適用化に伴い、生殖補助医療は活況を呈している。しかし一方で混合診療が認められない中、超音波検査やホルモン値検査の回数制限が有り、医療現場でも混乱が起き、是正を求める声も有る。加えて、医師の偏在、医療訴訟、出生前遺伝学的検査、人工妊娠中絶、子宮頸がんワクチンの問題等、周産期医療が抱える悩みは多い。現在の周産期医療に於ける取り組みと課題について、2022年6月に日本産婦人科医会(医会)の会長に就任した石渡勇氏に話を伺った。

——医会の目的と役割、これ迄の活動内容について教えて下さい。

石渡 医会の目的は、母子の生命・健康の保護、女性の健康の保持・増進、国民の保健の向上に寄与する事です。元々は母体保護法指定医が中心となって構成されていましたが、今は本会の目的に賛同頂いた指定医でない産婦人科医にも入会して頂いています。会員は約1万4000名です。母体保護法の適正な運用、女性保健の推進、母子保健、そして先天異常の早期発見とその対応に関しては力を入れて活動しています。その他、産婦人科医の為の学術研修等も行っています。

——日本産科婦人科学会(学会)との役割分担や連携は、どの様になっているのでしょうか。

石渡 学会と医会は、殆どの会員が両会に属し、車の両輪となって協力しながら事業を展開しています。特に、周産期医療体制の確保や医療保険問題の解決には、学会と医会との連携が不可欠です。その他、学会は主に学問や研究、医師の養成を担い、医会は地域医療の実践を主たる業務としています。又、医会では学会が取り組み難い政治的な活動も行います。出産育児一時金増額の要望や、子少化対策や男女共同参画社会の実現に向けた保育の充実等、行政と連携しながら進めているところです。

——コロナ禍に於ける産科の状況、医会の取り組みについて教えて下さい。

石渡 日本ではこれ迄、2人の妊婦さんが新型コロナウイルス感染症で亡くなりました。だいぶ収束はして来ましたが、未だ一定の頻度で妊婦さんの感染が起きています。そうした感染患者さんを感染症指定病院や協力病院で受け入れられなかった場合、ハイリスクでない限りは一般の病院でもコロナ感染者の妊婦さんのお産を引き受けなければなりません。しかし、その医療機関には手当も助成金も出ません。そして一番ネックになるのは、クラスターによって医療供給が途絶えてしまう事です。感染防御をせずにクラスターが起これば医療機関の責任ですから、しっかりと対策を行います。その費用に関しては、個人病院や産科診療所には一切助成が有りません。我々は、これについて訴えて来ました。20年には『産科の感染防御ガイド—新型コロナウイルス感染症に備える指針』(メディカ出版)を出版し、この10月にはより実践的なガイドラインも出しています。

働き方改革の影響・医師偏在の問題を解消へ

——第6代会長に就任されました。今一番、力を入れている取り組みについてお聞かせ下さい。

石渡 1つは医師の働き方改革です。国は今、安定した医療を提供する為の体制作りとして、地域医療構想、医師の偏在解消、働き方改革を三位一体として進めています。地域医療構想も医師偏在の問題も未だ十分に解消出来ていない中で、働き方改革が24年に始まります。時間外労働がA水準では年960時間、B水準では年1860時間と規定されますが、総合周産期センターや大学病院の医師は、時間外労働960時間を上回って勤務しています。年間80万件近くの分娩の47%を産科診療所が担っています。特に九州地方ではお産の6割が産科診療所で行われています。そうした産科診療所は外部からの先生方の当直や日直によって支えられています。働き方改革が始まると、大学病院の先生の支援が得られなくなる事が懸念されました。厚労省の医政局や保険局もその点を考慮し、医会も状況の調査を行ったところ、深夜帯1日当たりの分娩数はおよそ0.7回でした。産科診療所はリスクの高い妊婦さんは初めからセンターや大学に送っており、殆どが正常分娩です。正常分娩では助産師が主に経過を見て、医師は出産前に分娩室に入り分娩を介助し、一定時間異常が無ければ当直室に戻ります。実際の実動時間は1回の分娩に対して大体20分ないし長くても1時間という事が分かりました。そこで、産科診療所は「宿日直許可」を取り、分娩の手伝いや当直に来られた先生方の日直・当直を時間外労働としてカウントしないという流れになって来ています。医師が不足していて分娩を外部に委ねている産科診療所には、早目に宿日直許可を申請して頂く様、促しているところです。

——医師偏在では、産婦人科医の減少が懸念されています。

石渡 医学生や研修生から、産婦人科は紛争訴訟が多い事から人気が有りませんでした。そこで、我々は2つの対策を立てました。1つは標準的な医療を周知徹底する事です。医会は学会と協同し、08年に最初の産婦人科診療ガイドラインを策定しました。このガイドラインには、80%以上の地域で実施可能な医療について推奨が示されています。又、「本書の記述内容に関しては日本産科婦人科学会ならびに日本産婦人科医会が責任を負う」と記載しています。これには非常に大きな意味が有ります。裁判の中でガイドラインが参照され、標準的な医療を提供していれば、裁判でも一定の理解が得られます。もう1つは、脳性麻痺の事案です。脳性麻痺は1000のお産に対して2人位の割合で生まれます。原因が分からない事が多い一方、殆どが紛争裁判になります。医師は賠償責任保険に入っていますので自分に過失が有った場合はきちんと賠償する訳ですが、どちらとも判断が付かないケースでは医療側が負ける事が多い状況でした。そこで、前会長の木下勝之先生と共に取り組んだのが、09年に創設された「産科医療補償制度」です。在胎週数28週以上で出生し、障害等級1級・2級等の基準を満たした場合は、総額3000万円の補償を受け取れるという制度です。又、事例を収集・分析・評価する事により予防策を考えました。脳性麻痺の発症が減少したのは喜ばしい事実です。一時は産婦人科に進む専攻医が350名程度に落ち込みましたが、現在は500名を超え、周産期を含めた産婦人科の医療現場に於いて、安定した医療を供給出来る体制になりつつあります。

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