現場の負担増の「終末」事情
島根大学医学部(島根県出雲市)で医学教育の為に寄せられた献体約50体が不適切な取り扱いを受けていた事が明らかになった。担当者が本来すべき処理を怠っていた事が原因だが、背景には献体の増加という時代の変化が有り、そこに新型コロナが追い打ちを掛けた。こうした不祥事は他の大学でも起こり得る。時代に合った見直しが必要だ。
「深くお詫び申し上げます」
7月19日、島根大学の服部泰直学長は、記者会見で深々と頭を下げた。この日、大学が弁護士らの外部調査委員会に依頼した調査で、献体が不適切な保管をされていた実態や原因が明らかになったのだ。
大学が最初にこの問題を把握したのは今年3月10日。解剖学講座神経科学の教授と教員が、実習室で解剖学実習の準備作業をしていた時、台の上に置かれた献体の遺体が服を着たままである事に気付いた。
「通常なら、献体には受け入れ後、直ぐにホルマリン溶液を注入する等の防腐処理が行われる。ところが、この献体にはそうした処理を行った形跡が無かった。驚いた教授らは直ぐ献体を保管している保存室等を確認したが、防腐処理が行われていない献体が他にも多数、発見された」(地元紙記者)
大学側は4月、この問題を公表。外部調査委員会が同月から、関係者に事情を聞く等して何故こうした事態が起きたのかを調べた。委員会の報告書によると、防腐処理がされていなかったのは44体、不十分な処理だった献体が6体有った。最も古いものは2017年12月に亡くなった献体で、21年1月下旬以降、処理がされていない献体が増えていた。
防腐処理の手順は、まずホルマリン溶液を注入し、翌日に液体を抜いて脳を摘出、専用の処理装置で約2週間置く。こうして処理を施された献体は医学部や歯学部での解剖学実習に使われる。実習に使われた献体は火葬され、遺骨は遺族に返還される。ところが、同大では多くの献体で防腐処理が未処理だっただけで無く、服を着たままストレッチャーの上に積み重ねられたり棺の中に入ったままだったりした。献体の足に付けるタグも付けられていなかった為、問題が発覚した今年3月11日時点で身元が分からない献体が36体に上った。
「大学はCT撮影を行って身元を特定したが、その過程で既に火葬された筈の献体が見付かった。逆に、火葬されていない筈の献体が1体見付からず、身元を取り違えていたと推察された」と地元紙記者。防腐処理だけで無く、献体の取り扱い全般で杜撰な処理をして来た事が分かったのだ。
人員不足に新型コロナ、原因は複数か
では何故、こんな事態が起きたのか。同大で献体の管理を行っていたのは14年5月に採用された技術職員1人。この職員は同大大学院で研究を行いながら職員として働いていた。前任者は同年3月に定年退職しており、業務の直接の引き継ぎはなされなかったという。防腐処置がなされなかった最初の事例が起きた時期には、解剖学講座の教員に欠員や休職が相次いでおり、委員会は「教員が忙しく、献体業務の相談が出来なかった事が原因の1つ」と分析している。
問題発覚後にこの職員は休職したというが、委員会の聴取に対して、以前から下痢が続く等の体調不良が有った事、献体業務用の携帯電話を1人でずっと持っているのがストレスだった事を話した。大学院の博士課程に進んだのに、献体業務が忙しく研究が進まず、仕事と研究の両立にも苦労していた様だ。
一方、上司である神経科学の教授による職員の人事評価は、決して悪くはなかった。この上司は昨年、職員の負担が増えているとしてパート職員の採用を総務課に依頼。献体を引き受けた際に必要な書類の提出等が遅れがちだった事から、職員に何らかの特性や障害が有る可能性を考え、精神科の受診を勧めた事も有ったという。
ただ、今回の不祥事について、全国紙の記者は「研究を行いながらの仕事や、職員個人の特性という点もさることながら、そもそも献体の業務そのものが増えている事が背景に有り、そこにコロナが追い打ちを掛けたのではないか」と話す。
実は、献体の杜撰管理が発覚したのは今回が初めてでは無い。直近では兵庫医科大学(西宮市)で昨年、献体を受けた遺体を解剖、その後火葬するも、6年半以上に亘り遺族に連絡をせず、遺骨も返還していなかった事が発覚。精神的苦痛を受けたとして、遺族が慰謝料を求めて提訴する事態に発展した。
献体希望者の増加で、制度の見直しが必要
これを受けて文部科学省は全国の医学部、歯学部に献体業務を適切に行うよう点検を求める通知を発出。ただ、島根大では通知を受けて調査等を行った形跡は無い。「通知の時点で調査していればもっと早く杜撰管理が発覚しただろう。他大学でも同様に発覚していない不適切な扱いが有ってもおかしくない」と前出の記者は推測する。
献体は、自分の遺体を実習に使って欲しいと、希望者が生前に大学等に登録しておく制度。人体を解剖してその構造を知る解剖学実習は、医学部、歯学部の重要な教育の1つで、献体はその実習を支える尊い制度だ。献体運動を推進する公益財団法人「日本篤志献体協会」によると、1955(昭和30)〜74(同49)年代には実習で使う遺体が不足しており、引き取り手の無い身元不明者の遺体を活用していた事も有ったという。ところが、近年は希望者が増えており、大学や団体の中には、献体登録の受け付けを中止したり条件を付けて制限したりする所も出て来た。
「島根大でも、遺体を保管する為の冷蔵庫のロッカーは94個有ったが、問題発覚時点での献体の数は110体。受け入れ可能数以上の献体を受け入れていた」(地元紙記者)。献体が多くなれば実習で使われる迄の期間が延び、遺族の元に遺骨が戻るのが遅くなってしまう。高齢化を反映して献体の年齢は上昇しており、遺族も高齢だと遺骨返還前に引き取り手が死亡する事態も考えられる。又、ある葬儀関係者は「献体という制度が知られて来たのは良いが、献体をすれば大学側が火葬までやってくれる為、葬儀の代行として利用する例も有ると言われている」と打ち明ける。
社会情勢の変化により受け入れ数が増えている上、今回50体もの献体が不適切に保管された背景には、新型コロナの影響も有った。医学部では通常、2年次に解剖学実習を行うが、島根大では20年、例年は5〜7月に行われる実習が、コロナの影響で翌年1〜3月に延期された。翌年度の実習は通常通りに行われた為、21年8〜9月には、2年分の火葬や遺骨返還の業務が集中した。今回、発覚した献体の不適切保管50体のうち44体は21年1月以降に起きている。
今回、2つの医学部で献体を巡る杜撰な扱いが相次いだ事で、大学関係者は献体制度への信頼が揺るぎ兼ねない事を心配する。島根大では収容可能数を上回った場合の献体の受け入れについて規定が無い等、時代に合っていない制度のまま放置されている実態も明らかになった。前出の関係者は「解剖学実習はただ人体を学ぶだけで無く、献体した人の思いを受け止め医療人として成長する貴重な機会」と語る。島根大の鬼形和道医学部長は「医学部の存続に関わる事案」と頭を下げたが、他大学でも時代に沿った献体受け入れを進め、信頼を回復する必要が有るだろう。
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