新型コロナ以外にも問題噴出、政府はダッチロール
岸田文雄・首相は新型コロナウイルスの患者数を全て把握して来た従来の方針を見直し、高齢者らに限定する事を打ち出した。業務がひっ迫する医療現場の負担軽減の一環だが、「第7波」収束の見通しは立っておらず、二転三転の末、結局大幅な緩和には踏み切れなかった。機先を制したつもりの内閣改造でも躓いたばかりで、政権は逆風に見舞われ始めた。
「今回はあくまでも緊急避難措置だ」。8月24日、岸田首相は方針見直しについて記者団にこう語り、新たな変異株の発生等が在れば再び「全数把握」に戻る可能性にも触れた。感染抑制と社会経済活動の両立に踏み出したいのは山々だが、未だおっかなびっくりといったところだ。このまま行けば9月半ばにも季節性インフルエンザ等で導入されている、特定の医療機関からの報告のみ集計する「定点把握」に切り替える意向だが、世論の風向きを気にし、対策にもブレが窺える。
官邸幹部は当初、お盆明けには第7波も落ち着くとみて「ウイズコロナ」に向けた対策を「パッケージ」として公表する腹づもりだった。全数把握の見直しだけでなく、感染者の療養期間短縮、入国者数の上限引き上げもセットで示し、コロナ対策が節目を迎えた事を大々的にアピールする事を考えていた。
実際、官邸サイドはお盆明けに感染者の療養期間(有症状者は原則10日間、無症状者は同7日間)について、短縮可能か否かを厚生労働省に打診している。同省が有症状者を7日間、無症状者を5日間に短縮する案を示すと、官邸幹部は「よし、8月24日の首相の対策発表はこれで行ける」と笑顔を見せ、官邸全体でも全数把握の見直し、療養期間の短縮、1日当たりの入国者数の上限(現行2万人)の5万人への拡大を一気に公表する事に傾いた。だが、23日になり、全国のコロナによる死者が過去最多、343人に達する。首相周辺はこの日急遽協議し、大幅な緩和策を打ち出す事は取りやめた。「あまりにもタイミングが悪過ぎた」。官邸関係者はそう漏らす。首相の対策発表自体を取り辞めるべき、という意見も有ったというが、何らかの対策を示したい首相が遮った。24日、首相は記者団から療養期間の短縮を問われると「専門家の意見も踏まえながら確定し、出来るだけ早く明らかにしたい」と述べるに留めた。そして結局はワクチンを3回接種済みの入国者に対する出国前72時間以内の陰性証明の提出免除(9月7日〜)や、コロナ感染者の全数把握について全国一律ではなく各自治体の判断で見直しを行う事等を「緊急避難措置」として公表しただけだった。
現在の「全数調査」は政府のシステム「HER‐SYS(ハーシス)」に医療機関が感染者情報を個別に入力する形を取っている。しかし、ある程度医学知識の有る者にしか記入出来ない部分も多いのが実情だ。医療機関や保健所の負担は重く、現場や地方自治体からは見直しを求める声が相次いでいた。
そうした各方面からの圧力に押され、岸田政権は9月26日から全国的に全数把握をやめ、それに先立つ7日には1日の入国者数の上限を5万人に引き上げた。10月にも上限を撤廃する事を視野に入れている。ただ、全数把握の見直しは医療機関や保健所の負担軽減に繋がる一方、軽症者らが自宅療養中に重症化しても見逃されかねない。保健所は名前や連絡先を把握出来ない為だ。
先送りされて来た問題が続々と噴出
子育て支援を中心とする社会保障の負担増、防衛力強化、脱炭素投資、憲法改正……岸田政権は賛否が分かれる政治課題を参院選後に先送りして来た。「何もしていない」と批判されながらも、「悪い事はしない」という消極的支持を得て、実際に難題の先送りを政権運営の支えとして来た。しかし、コロナ以外にも問題が次々と噴き出し、風向きは急激に変わりつつある。
子育て支援に関し、岸田首相は「関連予算を倍増する」と表明しており、自身が本部長を務める7日の全世代型社会保障構築会議で議論をスタートさせた。席上、首相は歯止めの掛からない少子化に危機感を露わにし、出産育児一時金の大幅な上積み等を検討するよう指示した。しかし、「倍増」への道筋は描けていない。政府は公的な医療、年金、雇用保険料等に子育て関連分を上乗せして徴収する事を検討している。嘗て自民党内では若手を中心に現役世代から新たに保険料を集める「こども保険」が議論されたが、「全世代型」を意識して75歳以上の後期高齢者医療制度の保険料を対象とする事さえ念頭に置いている。とは言え、子供の居ない世帯や子育てを終えた中高年以上の反発は避けられない。厚労省幹部は「支え手の現役を増やす事に繋がるのだから理解してもらいたいが、難しいだろう。最終的には首相が否定する消費増税も考えざるを得なくなるのでは」と言う。
旧統一教会問題で大きく揺らぐ政治基盤
取り分け、安倍晋三元首相が凶弾に倒れたのちに浮上した世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の問題は政権基盤を大きく揺るがしている。首相は内閣支持率の下落を止めるべく、1カ月前倒しで党役員人事・内閣改造に踏み切ったが、旧統一教会と関係無い人物だけを選ぶ事は出来ず、新内閣でも関係を認めた議員が続々出ている。安倍派に気遣い、自民党政調会長に起用した安倍氏側近の萩生田光一氏を巡っては、教会関係者との密接な関係が明るみに出た。首相自身も旧統一教会の広島関係の幹部と撮った写真が見つかる等、説明責任を問われる事態になっている。
当初、「各議員が点検し、適正に対処する」と言っていた首相だが、各マスコミの世論調査で支持率の急減が相次ぎ、党で全議員調査に乗り出さざるを得なくなった。とは言え、教団の集票力を踏まえると、関係を一気に断つのは難しいのが現状だろう。政界内には「『信教の自由』を盾に、世論が移ろうまで静観するしかないのでは」(自民党関係者)と見る向きも有る。
7月の参院選で圧勝し、首相は政権基盤を固めた筈だった。それが反社会性を疑われる旧統一教会との関係や、保守派の支持を得たいばかりに国会審議もすっ飛ばして決めた安倍氏の国葬に対する批判も世論の不信を膨らませている。国葬への強い反対論に政府は8月26日、急遽弔旗掲揚等を求める閣議了解を見送り、「国民に喪に服する事や政治的評価を求めるものではない」(松野博一・官房長官)との姿勢を示そうと躍起になった。「故人に対する敬意と弔意を国全体として表す儀式」と強調して来た手前、今さら国葬を取り辞める事は出来ず、苦悩は窺えるものの、今度は安倍氏支持層の離反を招きかねなくなっている。
その26日、新型コロナウイルス感染による自宅療養者数(24日午前0時時点)は前週比13万7857人増の156万1288人になった。減少傾向にあったのが再び増加に転じ、過去最多となったのだ。お盆の影響とみられるが、厚労省の専門家会合では「早期に感染者が減少する可能性は低い」との見通しが示された。9月に入って感染者は減少傾向にあるものの、第7波収束のメドは立っていない。政権への逆風が収まらない中、コロナ対策の誤りが致命傷になるリスクが依然続く。
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