内政外交とも課題は山積、困難を極める社会保障制度改革
参院選を圧勝し安定議席を得た岸田文雄・首相は今後、「再分配」を含めた社会保障制度改革など先送りして来た課題に向き合わねばならない。最大の焦点は負担増や給付削減を組み合わせた安定財源確保策にどこ迄踏み込めるかだが……。
参院選の投開票から一夜明けた7月11日。自民党本部で記者会見に臨んだ首相は当面の政策課題として、物価高や再び拡大し始めていた新型コロナウイルス感染症対策等を挙げる一方で、社会保障制度改革には触れなかった。
その代わりに強調して見せたのが、選挙中に凶弾に倒れた安倍晋三・元首相が生前に切望していた憲法改正に取り組む意欲だ。
当選同期の安倍氏の訃報に「こんな事(銃撃事件)を許す訳にはいかない」と目を真っ赤にした首相は「思いを受け継ぎ、拉致問題や憲法改正等、ご自身の手で果たす事が出来なかった難題に取り組む」と述べ、9条を含む改憲4項目を喫緊の課題と位置付けた。そして「出来るだけ早く(改憲)発議に至る取り組みを進めて行く」と語った。保守派に気を配り、安倍氏から受け継いだ意志を自らの手で成し遂げる姿勢を示す事によって政権を浮揚させるエンジンにしたい、との思惑が見え隠れする。
昨年10月に岸田氏が首相に就任した事で、ハト派を自認して来た党内派閥、宏池会による政権が約30年振りに復活した。近年、タカ派的で新自由主義を標榜する政権が続いて来た中、改憲よりは宏池会カラーの再分配政策を進めて行きたい、との首相の希望は伝わって来る。但し、首相就任以降、「参院選迄は超安全運転で」との方針で政権運営に臨み、再分配に要する財源の確保策等はだんまりを通して来た。
参院選乗り切り「黄金の3年間」迎えるが……
参院選さえ乗り切れば、衆院の任期満了や次に参院選が在る2025年迄国政選挙をしなくても良い「黄金の3年間」を迎える事が出来る。今年の参院選で安定議席を得ればじっくり政策課題に腰を据えて取り組める。だからこそ、社会保障改革については、「全世代型社会保障を作る事によって持続可能にして行く」等と当たり障りの無い発言に留め、選挙を意識して有権者の反発を買う負担増に繋がる政策については避けて通って来た。
とは言え、今年から戦後ベビーブームの「団塊の世代」(1947〜49年生まれ)が75歳以上の後期高齢者になり、医療・介護給付費の急増が懸念されている。夏以降、国は短期の課題と、65歳以上人口がピークを迎える2040年を睨んだ中長期の課題を別途整理して改革工程表を作成するが、中心になる財源確保策は正にこれからだ。首相は選挙期間中も将来的に子供関連予算を倍増させる、と訴えて来た。想定しているのは雇用保険の拡充策等だが、使用者負担が増す経済界の反発は避けられない。給付の切り下げ等も必至ながら、それだけで再分配に要する財源まで捻り出すのは難しい。首相に近い議員は「政権が安定するのを踏まえ、首相は1度否定した消費税増税をやろうとするのではないか。財政再建派としても相応しい」と話す。しかし、安倍氏の経済政策「アベノミクス」を信奉する成長重視の自民党議員からは早くも牽制が飛んで来ている。舵を切り替えるのは容易でない。党内最右派の最大派閥、安倍派の領袖だった安倍氏は経済政策、安全保障政策とも岸田首相とは対を成して来た。岸田首相が再分配重視の「新しい資本主義」を掲げるや安倍氏はアベノミクスの堅持を求め、積極財政の旗を振る等、首相の路線に再三注文を付けた。これに対して首相は安倍氏に気を配りつつ、そろそろと「脱・安倍」を模索していた。こうした中、安倍氏が死去した事は一見、首相にとって政権運営上の楔が解けた様にも見える。
ナンバー2不在の安倍派に後継者見当たらず
首相は引き続き、自身の岸田派、麻生太郎・副総裁(麻生派)、茂木敏充・幹事長(茂木派)の3派を軸に政権を運営する意向でいる。麻生氏も周囲に岸田氏を支えて行く考えを示している。更に首相は最大派閥、安倍派とも友好関係を保って行く考えだ。
それでも、自民党の保守支持層は安倍氏が押さえて来た。自民党内に右派を懐柔出来る安倍氏の後継者は見当たらず、政権を安定させるには首相自ら右ウイングに手を伸ばさねばならなくなった。自民党幹部は「首相が安倍氏を国葬とする方針を決めたのも、改憲を強調してみせたのもそうした思いが有るからだろう」と見る。
安倍派内の権力闘争も静かに始まっている。首相退陣後も政界に強い影響力を及ぼして来た安倍氏の突然の不在は政界に地殻変動をも呼び起こしかねない。ナンバー2不在の安倍派は安倍氏との距離を異にして来た議員が群雄割拠する。当面トップを置かず集団指導体制で乗り切る事にしたものの、跡目争いが派閥分裂の切っ掛けになる可能性も有る。
先ずの関門とされていた内閣改造・自民党役員人事に、政界の想定より1カ月ほど早く踏み切った。政権の安定化を図る為、首相は安倍派に秋波を送り、経済産業相だった萩生田光一氏を党政調会長に就けた。経産相の後任には同派の西村康稔・前経済再生担当相を充て、松野博一・官房長官は留任させた。同派には重要ポストを割り振り、閣僚数4も維持した。また、主流派の二階俊博・元幹事長に近く、状況次第で「岸田降ろし」に回りかねない森山派の森山𥙿・元党国対委員長を選対委員長とした。人事全般に関し、安倍派内からは「合格点だ」(幹部)と評されており、とりあえずは反目の芽を摘む事に成功した。
しかし、今回の人事の条件とした旧統一教会との関係に関する「点検と厳正な見直し」については自己申告が基本で穴だらけなのが実態だ。就任会見では7閣僚が関連団体への会費支出など旧統一教会との接点を認めたものの、新たな関係が発覚すれば政権に大きな打撃を与える事が避けられない。
厚生年金給付改善策は負担の増加が不可欠に
ロシアによるウクライナ侵攻等に伴うガソリンや小麦等の物価上昇は、秋以降に本格化しそうだ。物価高対策を誤れば政権を直撃する。大規模金融緩和の修正を迫られ、金利高騰を招く等すればたちまち立ち行かなくなるだろう。新型コロナウイルスも「第7波」に入った。生活必需品の物価が次々上がる中、コロナ禍で社会、経済活動への影響が再び出る様な事があれば痛みを伴う社会保障制度改革は一層困難を極める様になる。
ここへ来て、出生率低下の影響も顕著になって来た。24年と目される次の年金の財政検証では、少子化の煽りで将来の厚生年金の給付水準(現役世代の手取り収入に対する年金額の割合)が政府の約束した50%を切る事が確実になっている。この給付改善策にも税や保険料の負担増が不可欠だ。しかし、厚労官僚から「対策の早めの準備を」とせっつかれた後藤茂之厚労相は理解を示すのが精一杯で、具体的な指示等を出す事は無かった。
内政・外交とも課題が山積する中、政界は「黄金の3年」等というのんびりした空気ではない。2年後に自民党総裁選が在る以上、状況次第で首相が衆院解散を選択し、総裁選を有利に運ぼうとする事態も否定出来ない。「『黄金の3年』なんて所詮幻だよ。今尚、政界は一寸先は闇という状況に何も変わりない」。元自民党の三役はそう呟いた。
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