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未来の会

第84回 世界目線「フリーアクセス」とオンライン診療再考 ③

第84回 世界目線「フリーアクセス」とオンライン診療再考 ③

これまで、フリーアクセスについて色々考察してきた。筆者は日本の医療においてプライマリ•ケアはそれなりに機能してきているという考えである。

しかし時代は変わってきた。特に連携という視点では(場合によっては ICTを使って、ということになるが)、日本は遅れを取っているのかもしれない。今回参考文献として取り上げた資料には、日本は比較対象に入っていないが、診察時間や労働時間について国際比較の興味深いデータがあるので、日本との比較も含めて考えていきたい。

日本のかかりつけ医の「身近さ」

筆者の考えを示すため、2017年に刊行された拙著『日本の医療、くらべてみたら10勝5敗3分けで世界一』(2017年 講談社)からの抜粋を紹介する。

従来のこうした医者の棲み分けは、これはこれで日本の医療界全体ではうまく機能していたように思います。先ほども述べたように、体の異変の大半は深刻な病気ではありませんから、ちょっとした腹痛や頭痛でもすぐに診てくれる町医者の存在は、非常に重宝だからです。高度な医療を行う大学病院ばかりでは国民の健康は維持できません。中国本土では町医者はほとんどいないし、イギリスやスウェーデンと違って、行けばすぐに診てくれるのも日本の開業医の大きな強みです。

 言いかえれば、日本の開業医は医療の身近さを実現するうえで重要な役割を担ってきたことがわかります。日本にはヨーロッパのように社会的に制度化された家庭医、あるいは医療教育上の1つの専攻として家庭医というものが存在しなかっただけで、人びとのくらしに密着したかたちでの医療は、昔から日本社会に根づいていたのです。

それも、ヨーロッパの家庭医以上に身近な存在として機能してきたと言えるでしょう。夜中に熱を出した子どもを抱きかかえてやってくる人にたたき起こされ、眠い目をこすりながら、パジャマにカーディガンをひっかけた格好で診察する町医者。なかにはつっけんどんな応対で門戸を閉じてしまう医者もいるでしょうけれども、日本では「赤ひげ」の時代から、頼めばなんとかしてくれる頼もしい庶民の味方として町医者が認識されてきた歴史があります。

「サザエさん」や昔のホームドラマに出てくるかかりつけ医は、そんな日本の地域社会における医師のポジショニングを物語っています。

これに対してヨーロッパの家庭医は、日本ほど庶民の暮らしに溶け込んだ存在とはいえません。ヨーロッパの家庭医も、夜中に子どもをかかえた人が飛び込んでくれば、無下に追い返すような医者ばかりではないでしょう。しかし、少々の無理でも聞いてくれるという期待度は日本ほど大きくはありません。それに、前述したようにイギリスやスウェーデンの家庭医は、ふだんから「先生、ちょっと腹が痛いんだけど、診てくれないか」と近所の人がやってくるような身近な存在ではありません。地域の医師と住民の距離が近いのは、圧倒的に日本のほうです。

しかし今は、医療の身近さ、すなわち「調子が悪い時にアクセスしやすい」というだけでは、かかりつけ医の役割を満たせなくなってきた。介護や予防といった医療以外の部分も、かかりつけ医なら面倒を見てほしいという動きがある。この動きは、コロナ禍が助長した。つまり、有事の時に誰が患者(国民)の面倒を見るのか、という視点である。

国際比較で見るかかりつけ医の診察時間

日本はもともと「3分診療」などと言われ、医師と患者が接している時間が短かった。筆者が米国に留学していた時も、米国の医師は15〜30分は患者に接していると言われていたし、コロナ禍の前にメイヨー•クリニックやクリーブランドクリニックを訪問した時も、同じような議論をしたことを覚えている。

表1 ライマリケア医の定期的な外来診療における平均診察時間の割合

海外における実際の診察時間の中央値は、表1のデータに示されている。この数字を見ると、スウェーデン、スイス、フランス、米国などは通常の再診には15〜25分の時間を使うことが多い。ドイツ、オランダ、英国は15分未満である場合が多く、日本とおそらく同様である。「おそらく」と言ったのは、日本では診察時間が数分の場合も多いと思われるので、全く同様と言えるかどうかわからないという意味を込めている。

米国やスイスなどGDP比当たりの医療費が高い国では、25分以上の診察が比較的多い。値段が高いと、時間をかけなければ患者が納得しない、という側面もあるかもしれない。もっともスウェーデンは、外れ値とでもいうべき挙動を取っている。もちろん診療時間の長さだけで医療の質が測れるものではない。家庭医が充実しているとされる英国は、長時間の診察は少ない。

表2 プライマリケア医が通常診療を行う時間別の割合

診察時間の長さは、1週間の患者数や労働時間(表2)と関連がある。ドイツは患者数が多いためか、診察時間が短く、労働時間が長い。スウェーデンは患者数は少ないが、診察時間は長く、労働時間は様々である。英国は、患者数は平均くらいで、診察時間もさほど長くないが、労働時間は様々である。このように国によって特徴がみられる。

医師の満足度についてのデータは、データオリジンのカナダでしか取れていないが、カナダ人の医師は診察時間が長い方が満足しており、25分以上診察に時間を使っている医師は、その時間の使い方に82%が満足している。このことは、「3分診療」などの短い診察時間について、医師が必ずしも満足していないことを示していると言えよう。一方、日本の病院の外来患者の診察時間について、厚生労働省が行った2020年の受療行動調査を見てみると、「5分〜10分未満」が41.2%と最も多く、次いで「5分未満」が27.7%、「10分〜20分未満」が15.7%となっている。

これらからの帰結は、少なくとも医師の満足度は、もう少し1人1人の患者に時間をかけた方が高くなるということになる。次回、もう少しこの国際比較を続けることにしよう。 

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