医師の暴力で水依存発症の女性の死
暑い夏は水分補給が欠かせない。だが、水は摂り過ぎてもいけない。心身が健康な人であれば、炎天下の水のガブ飲みは爽快といえるが、水中毒(水依存)状態の精神疾患患者の場合、低ナトリウム血症による脳浮腫で命を落とす恐れがある。
患者が水中毒に陥るきっかけは、抗精神病薬などの薬の副作用とされる。薬がもたらす口の渇きを抑えるため、頻回に水を飲むようになる。だが、それだけで命に関わるほどの多飲水を説明できるとは思えない。水中毒に陥る人は他の依存症患者と同様に、どうしようもないほどの「生きづらさ」や「ストレス」を抱えているのではないか。
水を飲むと、高ぶった気持ちが鎮まってくる。更に、依存症治療の第一線にいる精神科医はこう指摘する。「低ナトリウム血症による意識変容が報酬になっているようです」。
2020年12月、千葉県内の総合病院に入院していた橋本恵さん(仮名)が死亡した。33歳だった。精神科病棟から退院する前日、トイレで水中毒による意識障害が起きて倒れ、4日後に亡くなったのだ。
橋本さんの闘病の経緯は、18年12月出版の拙著『なぜ、日本の精神医療は暴走するのか』(講談社)の第6章「患者を殴りまくる精神科医」に詳しい。この章の最後で、水中毒の危機を何度か乗り越えた橋本さんの言葉を紹介している。
「大変な経験をしましたが、医師や病院を恨むだけでは前に進めません。これも社会の裏表を知る機会だったと受け止めて、次につなげたいと思います。資格を取って、弱い立場の人を助ける仕事をしたい」。その夢を、再度の水中毒が阻んだ。
橋本さんを水中毒に陥らせたのは、精神医療の名を語る残虐行為だった。高校3年時に自傷行為をし、精神科を受診したが投薬一辺倒の治療では治らず、メンタル不調が長引いた橋本さん。転院した民間精神科病院の主治医は、次第に多剤大量処方や頻繁な薬の変更を行うようになり、状態は悪化した。
更に主治医は、入院した橋本さんを保護室に入れて腕立て伏せなどを強制したり、身体拘束をしたり、殴ったりした。一時は警察も動くほどの事態だった。
橋本さんは心的外傷を負い、退院してもペットボトルに入れた水を手放せなくなった。頻繁に襲ってくるフラッシュバックの度にそれを飲み干し、何度も救急搬送された。総合病院の精神科が入院を受け入れ、数年がかりの治療で回復したが、退院目前に悲劇が起こった。
通院しやすいように病院の近くに部屋を借り、ずっと守ってくれた両親と暮らすのを楽しみにしていたのに、なぜなのか。暴力医が負わせた心の傷は、それほど深かったのだ。
先日、福祉施設の職員から筆者に相談があった。「通所の男性が高いタバコをやめたのですが、今度は水依存になってしまった」。筆者は専門医にアドバイスを求め、口の渇きを減らす方法などを教えてもらったが、「水中毒の治療に決定打はない」とのことだった。この男性は、信じていた知人に金を持ち逃げされたことをきっかけにメンタル不調に陥ったという。やはり、多飲水の背景には複雑なトラウマがあるのだ。
実は多数存在する「水依存」患者。その根っこにあるトラウマを視野に入れた関わりがなければ、患者は救われない。水を甘くみてはいけない。
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