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第156回 経営に活かす 法律の知恵袋 ◉ SNS等による風評被害に対する法的手段

第156回 経営に活かす 法律の知恵袋 ◉ SNS等による風評被害に対する法的手段
医療機関におけるインターネット上の風評被害の影響

この6月12日、静岡県浜松市で開催された日本医療安全学会学術総会において、同学会の医療法務部会の企画として、「院内職員等からの内部告発等によるSNS等被害への法的対応方法」をテーマとしたシンポジウム(座長は筆者)を行った。

ここ数年で、メール・フェイスブック・ツイッター・ブログ・匿名サイトなど、いわゆるSNS等被害を巡る訴訟、およびその他の係争が激増している状況を踏まえた企画である。現に筆者自身も、すでに医師や医療機関を一方または双方の当事者とする訴訟をいくつも代理人として担当している。

通常は、医療機関の職員や元職員が当該医療機関の内部告発等の形を取った事案であり、当該職員や元職員が誰なのか、一見して明白であるので、問題点は専ら名誉毀損またはプライバシー侵害の成否だけであったと言ってよい。名誉毀損であれば、摘示された具体的事実の認定、それによる社会的評価の低下の有無、それが真実か虚偽か、といった3点が主として問題とされる。ただ、事案がプライバシー侵害である場合は、摘示された具体的事実の認定、それが私的事実かどうか、といった2点がおおむね中心となろう。

係争の形態は、民事訴訟(仮処分も含む)に限らず、刑事告訴(名誉毀損罪、業務妨害罪など)・捜査にも及びうる。関連して、保健所・地方厚生局・労働基準監督署といった行政機関や関係の地方公共団体にも内部告発がされると、行政事件が連鎖することも稀ではない。内部告発をした者に対する労働事件が派生することさえある。

ただ、以上のような問題状況は、ある意味古典的な係争の形態の範囲内であるから、弁護士にとってはそれほど珍しい事件ではない。

しかしながら、そもそも誰がSNS等で拡散したのか分からないという状況だとすると様相が異なり、一般の弁護士にとっては法的手続きが必ずしも容易ではない。「匿名性」というハードルが存在する係争の形態については、弁護士によっては必ずしも得手ではなく、そのような被害に対する有効適切な対処方法を採用しにくいこともある。

そこで、もともとIT企業の経営者で、その経歴の後にロースクールに通って弁護士になったという特別なキャリアの持ち主である河瀬季弁護士(モノリス法律事務所 代表弁護士)をシンポジストとして招き、医療機関におけるインターネット上の風評被害の影響をテーマに、「風評被害に対する法的手段」の数々を発表してもらった次第である。

本稿では、その一部だけではあるが、アレンジして以下に紹介したい。

SNS等被害に対する法的対策

 SNS等被害に対する法的対策としては、次のようなものがあると言えよう。

(1)利用規約違反による削除

特に医療機関ビューサイトは、利用規約によって、「本人の経験に基づかない内容」「否定的な内容」の掲載を禁止しているケースがあり、そうした利用規約に違反した投稿は、適切な報告によって削除される可能性がある。覚えておくべきことは、この例でも明らかなように、違法性のない投稿であっても、当該ウェブサイトの規約との関係で、削除対象となる規約違反投稿となる可能性があるという点であろう。


(2)名誉毀損等を理由とした送信防止措置請求による削除請求

次に、法的に違法と言える投稿については、いわゆるプロバイダ責任制限法の定める送信防止措置請求により、削除を求められる場合がある。「法的に違法」と言えるためには、すでに述べたとおり、名誉毀損の3つの成立要件またはプライバシー侵害の2つの成立要件を満たさねばならない。


(3)名誉毀損等を理由とした裁判所等を用いた手続による削除仮処分

名誉毀損等を理由として、削除を行う。その場合、まずは送信防止措置依頼書で削除請求をし、それで削除がなされなければ、裁判所に仮処分を申し立て、削除決定をもらうという手立てである。裁判所による審尋を、少なくとも1〜2回程度は行うが、早ければ数週間で削除の仮処分決定を得られることもあろう。


(4)名誉毀損等を理由とした裁判所等を用いた手続による発信者情報開示請求(いわゆる投稿者特定)

この部分は、特に専門性が高い。ここには大きく分けて、2つのルートがある。1つ目のルートは、IPアドレス開示請求から始まる方法である。つまり、ウェブサイトの運営者等を相手方とした仮処分によってIPアドレスの開示を求め、引き続いて、接続プロバイダを相手方とした訴訟によって住所・氏名の開示を求めていく。そして、開示された住所・氏名は、民事訴訟による損害賠償や、名誉毀損罪による処罰を求める刑事告訴に使ったりするのである。

 2つ目のルートは、電話番号開示請求から始まる方法とでも言えよう。ウェブサイトの運営者等を相手方とした訴訟によって電話番号の開示を求め、引き続いて、通信キャリア等を相手方とした弁護士法に基づく弁護士会照会によって住所・氏名の開示を求めていく。得られた住所・氏名の用途は、すでに述べたとおりである。

 特に、前者はタイムリミットの問題が大きく、後者はシンポジストの河瀬弁護士のようなノウハウを有する弁護士が少ないという難しさがあると言えよう。

SNS等被害対策が困難と思われている理由

 一般に、SNS等被害への対策は困難だと思われていると評しえよう。その理由について、河瀬弁護士は3つあると考えているようである。1つ目は調査の困難性、2つ目は優先順位設定の困難性、3つ目は「法律」と「IT」の使い分けの困難性である。

 1つ目の「調査の困難性」とは、インターネット上の様々な箇所で発生しうるSNS等被害について、その正確な被害状況の全容を把握すること自体が困難であると評しえよう。リストアップするには、それ相応の体制を整えて臨まねばならない。

 2つ目の「優先順位設定の困難性」とは、仮に被害状況の全容が判明したとしても、どの投稿がどの程度の人間に閲覧されており、どのような優先順位で個々の問題に順次対応するべきなのか、検討を行うことが困難ということである。いわば動線の把握が難しいというところであろうか。

 3つ目の「法律とITの使い分けの困難性」とは、高優先度で対策を行う必要があると判明した個別具体的な問題について、「法律」を用いた対策を行うべきか、「IT」を用いた対策を行うべきなのか、判断を行うのが困難だということである。法的手続とIT技術にはそれぞれの特長があり、これらを「使い分ける」ことこそが必要ということであろう。

 これら3つの困難性をクリアした上で、初めてSNS等被害に対する「法的対策」に行き着くのである。つまり、局所局所での削除とか損害賠償とか刑事告訴だけではなく、それらを大局的な見地から見た総合的な判断をしていく必要があり、事象全体を総合的に考え、さらには法律相談的というよりむしろ法律顧問的な観点で諸対策を練っていくことが望まれるように思う(たとえば、対策費用が高いか安いかなどの弁護士費用の評価についても、むしろ顧問的な観点での判断が必須のように感じられるところではある)。

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