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未来の会

医療界におけるジェンダー問題

医療界におけるジェンダー問題
第⑥回 医療機関で働く女性の立場と ダイバーシティという幻想

2021年の総務省による労働力調査に拠ると、医療に携わる男性は111万人、女性は313万人で、女性の割合は73.8%である。医療関係の仕事に従事する労働者は女性が多い。事務職は男性10万人、女性は70万人で(但し事務職でも管理職は別項目に集計)、女性事務職の割合は87.5%となっている。

医療機関に勤務する女性

主な内訳を別の統計で見てみよう。20年の厚生労働省の統計に拠ると、就業看護師(以下「看護師」)は128万911人(男:10万4365人、女:117万6546人)であり、男性看護師は増加傾向にあるものの、女性看護師は91.9%を占める(衛生行政報告例<就業医療関係者>)。医師・歯科医師・薬剤師調査では、女性医師は22.8%、女性歯科医師は25.0%、女性薬剤師は61.4%だ。

医師や歯科医師は総数が少なく、医療機関の労働者はその多くが事務職と看護師である為、この2職種の女性の割合が多い事が全体に影響している。医療機関は実に女性の多い職場である。しかし、院長・理事長・部長等その他管理職に男性が多い事は統計を挙げずとも分かるであろう。例えば病院のHPを見ると、院長や診療科長の殆どは男性だ。果たして女性職員のニーズを汲んだマネジメントが出来ているのだろうか。

内閣府男女共同参画局が毎年作成している「男女共同参画白書 令和3年版」の「医療分野における女性の参画拡大」という一節では、看護師と女性医師の復職支援やキャリア支援の重要性とその施策の実例について述べられている。「女性医師が出産や育児又は介護などの制約の有無にかかわらず,その能力を正当に評価される環境を整備するため,固定的な性別役割分担意識や無意識の思い込み(アンコンシャス・バイアス)がもたらす悪影響の除去及びハラスメントの防止,背景にある長時間労働の是正のための医師の働き方改革や主治医制の見直し,管理職へのイクボス研修等キャリア向上への取組を推進する」とある(性別役割分担意識やアンコンシャス・バイアスについては、本連載第②回で詳しく取り上げた)。「イクボス」とは「部下や同僚等の育児や介護・ワークライフバランス等に配慮・理解のある上司」の事である(厚生労働省)。男性の育児参画や女性の就業継続の観点から「イクボス」を普及して行く事は非常に重要である、として厚生労働省が企業等にイクボス宣言を推進し、20年当時厚生労働大臣だった田村憲久氏自身もイクボス宣言を行っている。本連載を読んで下さっている読者は既にイクボス研修を受けているも同然なので、自信を持って実行しつつイクボス宣言をして頂きたい(厚生労働省のイクメンプロジェクトのサイトからイクボス宣言が可能だ)。

ジェンダー規範と組織規範のダブルバインド

 ここからはジェンダー規範と組織規範について述べて行くが、前提として、一言に「病院の女性職員」と言ってもその職種は多岐に渡り、病院で働く女性を一括りにする事は出来ないという点を念頭に置いて頂きたい。

 組織に於ける性別役割分業は、家庭の性別役割分業に似ている。組織に於けるジェンダーに関するステレオタイプは「女性は感情的である」「男性は合理的である」と言ったものである。その結果、男性には「合理的な管理者」としてのイメージが、女性にはそれを「情緒的にサポートする役」のイメージが付いて回る。つまり、組織に於いて女性は従属的・補助的な存在となり、構造上活躍出来なくなってしまうのだ。又、女性が「情緒的である事を期待される職務」に配属される事で、人の話をより聞き、サポートしなければならない状況が持続する。その結果、「男性=話し手・主たる行為者(上位)」、「女性=聞き手・サポート役(下位)」という役割分担が益々強化される。

 一方、指導的役割を担う女性は、所謂「期待される女性らしさ」を損なわずに伝統的「男性的」指導力を発揮すると言うジェンダー的ダブルバインドに直面する。つまり、リーダーに求められる「強さ」「積極性」「競争的」等の組織規範は、「優しい」「包容力のある」「共感的」等と言う女性らしさと直結する性別規範と相反する為、同時に達成する事は不可能である。女性リーダーが有能なリーダーと見做されるのは、女性として好感を持たれつつも、男性的な特性を持つ「ミッション:インポッシブル」となってしまうのだ。

 医療職の中では、医師は医療チームのリーダー的役割を期待され易い。管理職でなくとも、女性医師はこのダブルバインドに苦しむ事が多い。他の職種でも同様である。

 男性と女性に異なる振る舞いを求めるジェンダー規範が在る一方で、組織の構成員に一定の振る舞いを求める組織規範が在る。この組織規範が、表面上はジェンダー中立的に見えてしまう事が更に問題の根を深くしている。組織の構成員は、自分は差別している意識は無くとも、アンコンシャス・バイアスに因って無自覚に男性と女性に異なる基準を当てはめてしまう。誰もが無自覚なまま男女の不平等に加担してしまうのだ。

ダイバーシティと言えば聞こえは良いけれど

 近年、企業等でダイバーシティ、ないしダイバーシティ&インクルージョン(D&I)として様々な取り組みが成されている。経済産業省では、ダイバーシティ経営を「多様な人材を活かし、その能力が最大限発揮できる機会を提供することで、イノベーションを生み出し、価値創造につなげている経営」と定義している。ダイバーシティとはあらゆる属性の分散の事で、その集団や組織にどの程度多様な人が居るか、居ないかを指す。従って、性別、年齢、人種や国籍、障がいの有無、性的指向、宗教・信条、価値観等の多様性だけでなく、キャリアや経験、働き方等についても多様性が必要だ。近年の「女性活躍推進」の動きの中で、従業員に占める女性の割合を向上させようとする動きは、重要ではあるが、実はダイバーシティのごく一部である。

 尚、インクルージョンとは多様な構成員を公平ないし平等に、尚且つ職務上の役割だけでなく性格等の人格を評価して組織に包摂する事を言う。インクルージョンを欠いたダイバーシティはネガティブな影響を生じかねない。「女性活躍推進」にしても、従業員の女性の割合が増えさえすれば良い訳では無いのである。女性が公平に扱われているかも大事なのだ。

 男女共同参画はある程度達成出来たので、それ以外のダイバーシティの推進も大事だと言う主張が在る。例えば、日本外科学会は最近男女共同参画委員会をダイバーシティ推進委員会と名称変更した。勿論、組織は様々な多様性を達成する必要が有り、性別ダイバーシティだけを推進する訳にはいかないのだろう。しかし、男女不平等と言う問題を何処まで解決出来たのか総括するべきではないだろうか。又、ダイバーシティ推進という聞こえの良い言葉で男女不平等を不可視化してしまわないか、注視する必要がある。先に紹介した「イクメンプロジェクト」のサイトでイクボス宣言をした人達は、当たり前だが、殆どが男性である。現状では全くダイバーシティもインクルージョンも達成出来ていない。先ずは、「イクメンプロジェクト」のサイトにも女性イクボスが増える事が望ましい(そもそも女性のボスが少なすぎる)。そして、介護・ワークライフバランス等に配慮・理解が有るボスが当たり前になれば「イクボス」は死語になる。残念ながら、今はそこに配慮・理解が無いボスが多く、問題提起の為に「イクボス」は必要な段階なのである。

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