5月新設の緊急承認制度適用申請、結論は「持ち越し
塩野義製薬が新型コロナウイルス感染症の軽症者向けに開発した経口薬「ゾコーバ」について、厚生労働省の薬事・食品衛生審議会医薬品第二部会は6月22日、承認の結論を持ち越した。5月の改正医薬品医療機器等法で新設された緊急承認制度の適用の可否が焦点だったが、有効性の「推定」は認められなかった。改めて予防接種・ワクチン分科会と合同で第二部会を開いて審査する方針だが、今回持ち越しになった背景事情を取り上げたい。
「ゾコーバ」は塩野義製薬と北海道大学の共同研究から開発され、一般名は「エンシトレルビルフマル酸」。3CLプロテアーゼ阻害薬で、新型コロナウイルスが持つ3CLプロテアーゼというウイルスの増殖に必須の酵素を阻害することで、細胞内に入ったウイルスの増殖を抑制するとされている。軽症や中等症の患者が感染初期に1日1回、5日間服用する必要があり、元々は希少疾患等で患者数が少ない医薬品を想定した条件付き早期承認制度の適用を求めて申請していたが、5月末に緊急承認制度への適用申請に切り替わった。実用化されれば国産の飲み薬として第1号となる為、審査の行方が注目されていた。しかし、審査結果は、承認でも不承認でもなく、「持ち越し」。緊急承認制度は、新型コロナウイルス拡大下でワクチンや経口薬の承認が遅れた反省を踏まえ、有効性については従来の「確認」するレベルではなく「推定」の段階で有事なら承認を可能にする等「緩和」したものになっていたが、それでも承認のハードルは高かった。
複数の厚労省関係者によると、「当初から審議は難航が予想されていた」という。塩野義製薬が事前に厚労省に提出した約430人が対象になった中間段階の治験結果では、ウイルスの減少効果を示す事が出来たものの、新型コロナで特徴的な疲労感や身体の痛み等12種類の症状改善については明らかでなかった為だ。
具体的には、新型コロナの症状合計スコアの初回投与開始から120時間迄の単位時間当たりの変化量は、プラセボ群に比べ改善傾向を認めたものの、統計学的に有為な差は認められず、主要評価項目を達成しなかった。
賛否分かれた状況で承認可否の判断難しく……
厚労省の吉田易範・医薬品審査管理課長の説明によると第二部会では「ウイルス量に差が出ている。実効再生産数が小さくなっている事が期待出来る」や「第7波や新たな変異株に備え、治療の選択肢として持っておくべきだ」等と承認に前向きな意見が出ていた。
その一方で、「ウイルス量を減らすデータは確かに有るが、臨床症状の改善は示されていない。この様な曖昧な状況で国民がこの薬を使う事をどう考えるのか」や「経口薬は承認されれば3つ目。プロテアーゼ阻害薬としては2つ目になる。既に新規性は無いのでは」等と承認に疑問を呈す意見も上がったという。
吉田課長は「否定的な意見もあれば、肯定的な意見もあった。本日は一定の結論を出す迄にも至らなかった」と話し、この様な賛否が分かれた状況では承認の可否の判断を下せない事情が垣間見えた。
審議を更に複雑にしたのが、緊急承認制度の要件だ。薬自体の安全性や有効性の判断に加え、「国民の生命に重大な影響を及ぼす恐れが有る緊急性」と「他に代替手段が無い」という要件が付いている為だ。新型コロナは7月初旬段階で徐々に上昇傾向に有るが、社会活動の制限は緩和され、コロナ以前の日常生活を取り戻しつつある。部会では「既に他の治療薬も有り、承認する緊急性は無い」という意見も出たという。
更に、薬害オンブズパースン会議が部会直前の6月20日、「第2相試験で臨床症状の改善に関する主要評価項目が達成できなかった本剤について有効性が推定されるという事はできない」とし、緊急性についても感染状況等から「要件を満たさないというべきである」と反対している。安全性も「動物実験において、胎児における骨格形成異常をきたす催奇形性があることが認められ、ヒトにおけるリスクも懸念される」と付け加えている。
承認の可否が塩野義製薬の社運を左右する
厚労省幹部も「リスクやベネフィットのバランスを考える中で、社会的意義も踏まえて総合的に判断されるだろう。初めて緊急承認制度を申請した医薬品でもあり、難しい判断を迫られている」と明かす。
承認先送りを伝える報道各社のニュースには、ネット上でも様々な意見が飛び交った。「闇を感じる。なぜ承認が下りない?」や「やっぱりね。思った通りです。この国は変われない」、「最初から厚労省は責任逃れの為、難癖付けて国産の治療薬、ワクチンは承認するつもりはありません」等と感情をぶつける意見が比較的多く見られた。挙げ句の果てに「英米のお薬は副作用のリスクそっちのけでガンガン採用し、国内はコレ? 政府はこんな事やって、人材の国外流出を憂う立場ではないよな」という書き込みもあった。
あ一方で、「思った程の効果が無いんでしょ」「ただ国産というだけで有効性が明確ではない段階で前のめりになって安易に承認する事は薬事上許されない事だ」、「政治的な物もあるだろうけど、結局タイミングが悪いんだよね。一番ワクチンや薬を求められる時期の議論ではなくて、オミクロンもかなり落ち着いて、ワクチン接種も殆ど終わった今の議論だからな」等、慎重で冷静な意見も目立った。
塩野義製薬はこの薬の承認の可否が社運を左右する。手代木功・代表取締役社長は5月11日に開かれた2021年度決算会見で、22年度の中間期までにこの薬等で450億円の売り上げを見込んでいる事を発表した。
手代木社長はこの段階で「予想はかなり難しい。これよりもの凄く大きくなる可能性は十分に有ると思っているが、どれ位を最低線として考えていけばいいのかという事を示しながら、適切なタイミングで必要があれば修正する」と述べ、大きな期待を寄せている。
更に6月23日の定時株主総会で「各国政府とも提供する量や価格に関する交渉が進展している。非常に優れた抗ウイルス効果と、オミクロン株での有効性を示唆出来る唯一の経口薬になり得る」と力説していた。
当初は条件付き早期承認制度の適用で、その後に緊急承認制度に切り替わった経緯が有るとは言え、迅速性も透明性も感じられない第二部会は、従来通りのやり方を踏襲しただけの様にも映る。7月2日の産経新聞ウェブ版では、小野俊介・東京大学准教授がコメントを寄せており、「選挙期間中の審議だったこともあり、判断の世論への影響を考慮したのかもしれない。」「国民の生命と健康の安全を守るための議論が非公開であってはならない」と厳しく指摘した上で、「専門部会は透明性を高めた場で理念に立ち返って議論を進め、しっかり結論を出すという責務を果たすべきだ」と求めている。
厚労省内では手代木社長のやり方に反発も
政府や与党にはゾコーバの承認を後押しする一派がおり、夏の参院選後にそうした議論が再び盛り返して来る可能性も有る。厚労省内でも政府与党やマスコミに「攻勢」をかける手代木社長の強引なやり方に反発が広がっていたが、その筆頭とも言える存在だった鎌田光明・医薬・生活衛生局長は退任した。薬系技官のトップ、山本史・医薬担当審議官は留任したものの、鎌田氏の後任は八神敦雄・内閣府健康・医療戦略推進事務局長で、これ迄創薬開発を推進してきた立場の人物だ。政府は塩野義製薬と承認後、速やかに100万人分を購入する基本合意を締結しているが、その契約の行方は如何に——。
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