全国各地の助産所の分娩停止
現在、北は旭川から南は鹿児島まで、全国各地の助産所での分娩停止の話を聞く。嘱託医療機関の引き受け手がいないので、助産所の分娩ができなくなって停止しているということである(なお、少子化のために経営難に陥ったというのではない。経営自体には全く問題はないようである)。
医療法は、病院・診療所・助産所という3種類の施設の開設を許し、これらを医療法第4章「病院、診療所及び助産所」で第7条以下に規定して保障した。つまり、「助産所」は病院・診療所と並び、医療法によって開設する権利が認められた施設の1つなのである。
ただ、助産所では、「嘱託する医師及び病院又は診療所」を定めなければならない。医療法第19条で、助産所には「嘱託医」と「嘱託医療機関」が必要だという特有の規定を置いたのであった。この点は、厚生労働省令たる医療法施行規則第15条の2第3項で厳格化され、特に「嘱託医療機関」たる病院又は診療所は、入院施設を有し、かつ、産科(産婦人科)と小児科を有するものでなければならない旨を細かく定めたのである。
したがって、この嘱託医と嘱託医療機関とを有しなくなると、助産所は直ちに分娩を停止しなければならなくなった。実際には、嘱託医の引き受け手はさほど困るわけでもないが、特に嘱託医療機関の引き受け手が少ないのが現状である。そこで、冒頭に述べたとおりに、全国各地で助産所分娩の停止が相次いでしまった。
助産所の手足を縛る法律の誤解
近時、「女性主体のお産」が提唱されている。お産をする女性の自己決定権を尊重すべきだという考え方もその1つだと言ってもよい。自己決定権の中には自己決定の対象が諸々あるが、たとえば「産み場所の選択」もその対象の1つと位置付けてよいであろう。病院か診療所か助産所か、または、自宅(助産師出張分娩)か、という産み場所の選択である。ところが、嘱託医療機関がないと、助産所分娩(助産師出張分娩も)はできなくなってしまう。
一般に、嘱託医療機関の引き受け手がいなくなった理由として、「産科医不足」が挙げられている。実際、「産科医不足」や「産科医の負担過重」はそれ自体としては事実に相違ない。そこで、産科医不足の中、嘱託医や嘱託医療機関になるとさらに一層負担が過重になってしまうので、引き受けたくても引き受けられないという理由である。一見して常識的にはその通りと受け止められがちであろう。しかし、そこには「法律の誤解」が潜んでいる。嘱託医や嘱託医療機関になったからといって、法的にはそれ自体で何らの義務も責務も負担も課せられるわけではない。この点を、厚生労働省はその医政局長通達で繰り返し、「分娩を取り扱う助産所から嘱託を受けたことをもって、嘱託医師及び嘱託医療機関が新たな義務を負うものではない」という趣旨を強調して来た。この6月6日にも再三になるが、同様の通達を発出したところである。このようにして、厚生労働省も「法律の誤解」を改めてもらうよう、全国各地で理解の普及に努めているところであると言ってよい。
一刻も早く、医療界・地方行政機関に「法律の誤解」がなくなり、多くの病院・診療所に嘱託医療機関の引き受け手として復活してもらいたいところである。
法令に違反するローカル・ルール
現在の各都道府県の周産期医療体制の中には、法令に違反しているローカル・ルールが存在しているように思う。それは例えば、分娩に異常が生じたとしても、助産所から嘱託医を介さずに、直接には緊急搬送できない、などという類いである。嘱託医からの紹介(連絡)なしで、助産師(の指示・紹介)だけで緊急搬送して来た場合は、当該高次医療機関は搬送を拒否するらしい。普通に考えて、正当な事由なき受け入れ拒否であるから、医師法第19条第1項に定める応招義務に違反していると評しえよう。
厚生労働省も「助産所、嘱託医師等並びに地域の病院及び診療所の間における連携について」と題する通知(平成25年8月30日)において、「この規定については、緊急時等他の病院又は診療所に搬送する必要がある際にも、必ず嘱託医師等を経由しなければならないという趣旨ではなく、実際の分娩時等の異常の際には、妊産婦及び新生児の安全を第一義に、適宜適切な病院又は診療所への搬送及び受入れが行われるべきものであるから、関係者においては、この考え方に基づいて適切に対応されたい」とローカル・ルールを否定していたのであった。ところが、全国各地においてこの類いのローカル・ルールが根絶されなかったので、この6月6日に「再周知」と明示して厚労省通知を再発出したところである。
したがって、各都道府県の周産期医療協議会においても、各都道府県・市区町村においても、この類いのローカル・ルールは直ちに見直さなければならない。
違法状態の解消を目指して
現在、全国各地で助産所の分娩停止が相次いでいること、及び、その原因(嘱託医療機関の引き受け手、緊急搬送に関するローカル・ルール)を述べて来た。その対策として、すでに厚労省は度々、通知を発していて、この度も6月6日に「再周知」の通達を発したところである。この通達では、「再周知」を図るべく、「再度、上記の取扱いについて関係者へ周知いただくとともに、周産期医療に関する協議会等を活用し、引き続き、適切な周産期医療提供体制の整備にご協力をお願いします」と念押ししてまで周知徹底を図ったのであった。
この「再周知」では、平成19年3月30日付け医政局長通知をそのまま引用して、「なお、嘱託を受けたことのみをもって、嘱託医師等が新たな義務を負うことはないことにご留意いただきたい。また、嘱託医師等は、分娩時等の異常への対応に万全を期するために定めるものであるが、必ず経由しなければならないという趣旨ではない。実際の分娩時等の異常の際には、母子の安全を第一義に、適宜適切な病院又は診療所による対応をされたい」と述べ、また、平成25年8月30日付け医政局総務課長・指導課長・看護課長連名の通知についても前掲のとおりのものをそのまま引用したのである。
したがって、このように法令に違反した状態であることは明らかになっていると言えよう。しかるに、このまま助産所の分娩停止が続いて約1年間にも達したり、ローカル・ルールのために助産所で分娩をしようとした妊産婦に迷惑がかかったりするならば、それは単に法令に違反した状態と言うにとどまらず、「違法状態」であると表現せねばならない。なお、「違法状態」という意味は、「その当該地域において、嘱託医療機関がないために助産所が分娩を中止せざるをえなくなっている」という状態そのものを指して表現しているものなのである。誰か特定の者に責任があるとかないとか言っているわけではない。誰が責任者かどうかは問わず、当該地域を大局的に見て、不具合な状態であると法的に評価しているのである。そして、今回の再三の「再周知」の厚労省通知によって、その不具合な状態の何たるかが、関係者皆に周知されたのであった。
ある特定の地域で「違法状態」が生じている場合には、当該市区町村または都道府県といった地方公共団体は率先して、その「違法状態」を解消させるべく努力しなければならないところであろう。地方公共団体が不作為のままは許されないところである。当該地方公共団体は、率先して、大学病院・公的病院・公立病院を集めて、当該地域における助産所の分娩再開に向けて協力・支援を求めて行かねばならない。逆に、当該大学病院・公的病院・公立病院も共同してシンジケート団を組んで、皆で嘱託医療機関となって、当該地域での助産所分娩を再開させていくことが望まれている。
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