関係各所の思惑と今後の規制緩和について読み解く
一定期間、医療機関に掛からなくても調剤薬局で3回まで使える「リフィル処方箋」が4月から導入される。リフィル(refill)とは「詰め替える」「補充する」という意味で、2022年度の診療報酬改定で決まった医療費抑制策だ。患者の通院回数を減らす事による再診料削減の意図が込められているが、そこに患者目線は無い。
長年反対して来た日本医師会も、診療報酬「本体」の引き上げ財源としてリフィル処方箋の導入を渋々呑んだ 。処方の有無、投薬期間等は医師の判断で決める仕組みの上、処方しても医師に大きなメリットは無く、どれほど普及するかは見通せない。ただ、規制緩和策は「小さく産んで大きく育てる」のが当局の常套手段。同意を取り付けるべくハードルを低くしておき、いずれ本格導入に繋げる狙いが透けて見える。
「(リフィル処方の有無は)医師、かかりつけ医が決める。患者にとって何が良いのかという事を第一に考える」
22年度診療報酬改定の答申が了承された2月9日、日医の中川俊男会長は記者会見でこう語り、処方権は医師に有る点を強調。「症状が安定している慢性疾患の患者さんであっても定期的に診察を行い、疾病管理の質を保つ事が重要であると主張して来た」とも述べ、慎重な運用が必要だという点を重ねて指摘した。
今も、例えば90日分の長期投与を要する薬であれば、これを3回に分けて調剤するよう医師が薬剤師に指示する「分割調剤」の仕組みは有る。これに対し、リフィル処方の場合は30日分の処方箋を3回繰り返し利用出来る。30日処方の薬を服用している人はこれまで毎月通院しなくてはいけなかったが、4月以降は最初の通院時に30日分の処方箋を受け取ると、翌月と翌々月は診察無しに薬局で30日分ずつ薬を受け取る事が出来るようになる。高齢者にとっては有り難い。
診療報酬改定財源の確保が至上命題
厚生労働省によると、診察せずに薬の処方をする事は療養担当規則違反となる。しかし、「薬をもらう為だけの通院」は半ば公然化しているのが実態で、患者に何度も通院させる事で再診料を得ている医療機関は少なくない。このため財務省等は医療費抑制の観点から以前よりリフィル処方箋の導入を求めて来た。
それでも「受診回数の減少で収入が減る」という本音はさておき、「不適切な長期処方の是正」を掲げて来た日医は「症状の変化や副作用の発見が遅れる」という理由で反対し続け、実現の芽を摘んで来た。
とは言え、22年度の診療報酬改定は看護師らの賃上げ、不妊治療への保険適用拡充という支出増が当初から決まっていた。プラス改定財源が乏しい中、国費ベースで110億円の医療費削減になるリフィル処方に反対し続ければ、医師らの収入増に直結する本体引き上げ分が消し飛ぶ恐れも有った。このため日医も「リフィル処方箋を出すか否かは医師の判断」という点を確認した上で、やむ無く受け入れる事にした。
懸念される薬剤師業務への影響
リフィル処方箋の運用を巡っては、医師と薬剤師との連携が不可欠となる。薬剤師にとっては2回目以降も1回目と同じ様に薬を渡して良いのかどうか、患者の状態を見極める能力が求められる。症状によっては薬を出さない事も有る。日頃から「かかりつけ薬局」として患者の信頼を得ていなければ病状を把握する事が出来ないし、医師もこうした薬剤師でないとリフィル処方箋を出せないだろう。
この点を踏まえ、日本薬剤師会の山本信夫会長は「かかりつけ医との連携の強化が望まれているのだろう」と述べ、日本保険薬局協会は「薬局・薬剤師の職能が一気に拡大するチャンスだ」(山中修常務理事)と受け止めている。
今回決まったリフィル処方箋の様式は、医師が「可能」と判断した場合に処方箋の「リフィル可」欄にチェックを入れる。総使用回数の上限は3回迄。投薬期間も含め医師が判断する。高血圧や高脂血症等の薬を服用する症状の安定した患者が対象と、慎重派が強く反対しにくい緩やかな内容となっている。
それでも、大阪府保険医協会は慢性疾患の患者に対するきめ細かな指導管理が必要だと指摘し、リフィル処方の撤回を求める理事会声明を出した。2回目、3回目に薬を渡す時に薬剤師が病態の診断をしなくてはいけなくなると指摘し、「薬剤師に与えられている役割の範囲を超えている」と強調している。都内の開業医は「実際、リフィル処方に対応出来る薬剤師がどれほど居るのか」との疑問を投げ掛けている。
今回のリフィル処方導入は入口に過ぎない。日医が猛反発していた後発医薬品使用促進に向けた処方箋改革も、最初は医師が使用可と認めた場合のみ、後発薬を使える仕組みだった。それが診療報酬改定毎に規制緩和は進み、今や医師が処方箋の「変更不可」欄にチェックを入れていなければ、薬剤師は患者の同意を得て後発薬を渡せるようになった。
リフィル処方箋導入後の規制緩和に注目
「経済財政運営と改革の基本方針2021」(骨太方針)には、「症状が安定している患者について、医師及び薬剤師の適切な連携により、医療機関に行かずとも、一定期間内に処方箋を反復利用できる方策を検討し、患者の通院負担を軽減する」と明記されていた。今回、リフィル処方導入を勝ち取った規制改革派は今後、処方箋の総使用回数、有効期限の上限、処方可とする薬剤の拡大など一層の規制緩和を求めて行くと見られる。
手始めは、「対面」が原則の薬剤師による服薬指導だ。コロナ禍によりオンラインでの服薬指導が特例で解禁されたが、1月19日には政府の規制改革推進会議医療・介護・感染症対策ワーキング・グループ(WG)でこの特例をコロナ後も続ける事が決まった。オンライン服薬指導が自由化されれば、薬局は薬を患者の自宅に宅配出来る様になる。患者の利便性という名の下、ビジネス拡大に結び付ける動きも活発化しそうだ。現在は薬局の調剤業務を外部に委託する事は違法となる。一方、米国では認められており、メールによる患者からの薬の一括受注等、様々なビジネスが展開されている。日本薬剤師会は「患者の医薬品の安全使用確保が困難になる」と調剤の外部委託に反対しているものの、日本経済団体連合会は最近になって可能にするよう求め始め1月19日の同WGでは早速、外部委託解禁の議論が始まった。
米、英、豪、仏……。リフィル処方箋を既に導入している国は多く、対象となる薬の範囲も精神薬等を除き幅広い。処方箋の有効期限の上限も半年程度というのが主流だ。日本はこの4月からその第1歩を踏み出す格好だが、推進派は長期戦の構えだ。
診療報酬改定の内容が固まった2月9日の中央社会保険医療協議会。終了後の記者会見で健康保険組合連合会の松本真人理事は、リフィル処方に触れてこう語った。
「新しい仕組みなので、あまり焦らずに健全な形で育てていければ良い」
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