安倍・菅政権の反省活かす 衆院選敗北が尾を引く野党
今夏、岸田文雄政権にとって初の参院選が行われる。昨年10月の衆院選で法案可決に必要な単独過半数の議席を獲得した岸田氏にとって、参院選は安定政権を続ける為の重要な局面だ。1年で終わった菅義偉前政権の轍を踏まぬ様、新型コロナウイルスでは先手の対策を講じ、批判が有れば柔軟に応じて「聞く力」をアピールしている。現状では大きな逆風も無く進んでいる与党に比べ、立憲民主党は衆院選での敗北が尾を引き、独自路線を突き進む国民民主党との距離感を埋められないまま野党共闘の再構築に苦戦中だ。このまま行けば自民党が勝利する様に見えるが、参院選での大敗を発端に2009年に政権を奪われた経験が有り油断は出来ない。
〝朝令暮改〟でも先手の対応を国民は評価
コロナ対応を巡る「後手」批判を浴びて急速に力を失っていった菅前政権を反面教師に、岸田首相は就任以来スピード感ある対策を意識している。昨年11月26日、世界保健機関(WHO)は南アフリカなどで確認された変異株をオミクロンと名付け警戒するよう発表、政権にとって初になるコロナ押さえ込みが始まった。岸田氏は29日には全世界を対象に外国人の入国禁止を決定し、迅速さを印象付けた。諸外国と比べても厳しい対策にWHOから「理解困難」と批判を受けたものの、織り込み済みなのか「慎重過ぎるという批判は全て負う」と記者会見時にリーダーシップを強調した。
首相の前のめりな姿勢は霞が関にも影響し、同日、国土交通省が航空会社に日本到着の国際線新規予約を一律で停止するよう要請して予約が出来なくなった。早過ぎる措置に「帰国出来なくなる」と海外の邦人から不安の声が続出し、3日後には予約再開へと方針転換した。停止要請は国交省の担当部局が「急いでやらないといけないと考えた」(同省)結果の対応で、首相への報告は事後だったという。連携不足が露呈して二転三転した水際対策に首相は「混乱を招いた」と陳謝した。他にも文部科学省の大学受験拒否問題等、先手を打って政権批判を回避したい思いが国民生活に混乱を招いている一面もあるが、昨年12月に共同通信が行った世論調査では、内閣支持率60・0%と発足時を4・3ポイント上回っていた。後手に回るより、慎重な対策を求める国民の声が窺われる。
振り返れば菅前政権は、デルタ株が猛威を振るった感染第5波を押さえ込めず、発足当初62%(NHK世論調査)有った内閣支持率が30%を切る迄下がった。「これが最後」(菅氏)と言って緊急事態宣言を繰り返す一方、観光支援策「GoToトラベル」や東京五輪開催に固執して見える姿は一貫性と説得力を欠いた。自粛疲れも相まって国民の動きに大きな変化は見られず、医療体制は逼迫する状態になった。その影響は各地の地方選挙に自民党の連敗という形で現れ、菅氏は総裁選に出馬せず、政権は1年で幕を閉じた。岸田氏は「菅さんみたいにはなりたくない」と周囲に漏らし、説明不足と批判された安倍・菅政権の反省から「聞く力」を前面に出して参院選に備えている。
野党共闘の再構築に苦しむ立憲民主
一方、野党は衆院選の失敗から巻き返せず、存在感が薄れたままでいる。当時立憲の代表だった枝野幸男氏が旗振り役になり、政権交代を掲げて「野党共闘」に踏み切った衆院選。立憲は13議席を減らしたものの、自民ベテランが相次いで落選、共闘で負けた選挙区のうち31区では1万票以内の接戦を繰り広げていた事等から、一定の効果が有ったとの評価はある。しかし、政権交代には程遠く自民党の批判票の受け皿とは成り得なかった。代わりに受け皿になって議席数を4倍近く増やした日本維新の会の松井一郎代表は、野党の枠組みを「談合」「選挙互助会」等と批判し、参院選に向けて更なる全国への浸透を狙っている。責任を取って辞任した枝野氏の代わりに、47歳の泉健太氏が新代表に就任し、執行部を男女半々にする等「『批判ばかり』からのイメージ転換」(泉代表)に励んでいる。
事態がまとまらないのは、衆院選で「限定的な閣外からの協力」としていた共産党との連携の在り方が影響している。枝野前代表は、「限定的」という文言を付けて配慮したが、「共産アレルギー」の一部団体は離れていった。立憲の支持母体である連合も真っ向から反対、「理解しがたい」として決別を求めていた。衆院選後、体制を一新した立憲は閣外協力の在り方を見直すとしているが、連合は参院選の基本方針で、支援する政党や政策協定を結ぶ政党を明示せず、「立憲民主党と国民民主党との連携を求める」との表現に留めている。対立の歴史が有る共産党を念頭に「目的や基本政策が大きく異なる政党と連携する候補者は推薦しない」と明記して、改選1人区における共産との共闘を模索する立憲を牽制した。泉代表も「兄弟政党」と呼び連携を試みる国民民主党は、独自路線を突き進む。与党が発表した新年度予算案に賛成の意を示し波紋を呼んだ。超党派の政策立案等と異なり、新年度予算案は党の在り方そのもの。主要野党が賛成するのは異例だ。
国民民主は、衆院選で立憲等と距離を置いたものの3議席増やして11となり、玉木雄一郎代表は「自公でも立共でもないまともな受け皿と言われた。この路線に間違いはない」と総括した。参院選に向けて立憲・共産と一層の距離を取り、小池百合子東京都知事が特別顧問を務める地域政党「都民ファーストの会」と参院選東京選挙区で統一候補を擁立する方向だ。維新との連携にも意欲を示している。
参院選は与党への批判票が投じられ易い
現状で岸田政権にとって参院選での勝利は大きなハードルには思えないが、自民党は参院選で苦い経験をした過去が有るだけに油断出来ない。政権を奪われた09年衆院選への流れは07年参院選の敗北に遡る。相次ぐ閣僚の不祥事等で自民党は結党後初めて参院で第1党から転落、小沢一郎代表が率いる旧民主党が議席を大幅に伸ばして国会は「ねじれ」状態となった。当時の安倍晋三首相は体調不良で退陣、福田康夫氏、麻生太郎氏と次々に首相が変わり、信頼を回復出来ないまま衆院選で政権交代を許した。
参院選は、与党への批判票が投じられやすい。その理由は、候補者との距離が遠いという選挙の仕組みにある。小選挙区制を取る衆院選では、全国289に分けられた選挙区から各1人が当選する。規模等によって1つの都道府県が2〜25に細かく分かれている為、候補者は地域を細やかに回り関係を築く事が出来る。一方の参院選は、都道府県に1つ(鳥取・島根と徳島・高知は合区)だ。比例区も、衆院選は11ブロックに分かれているが参院選は全国区のみになる。
衆院選に比べて自ずと有権者との距離が出来易く、与党への批判票を投じ易い有権者心理も働く。知名度の有る有名人が参院選に多く出馬するのも同じ理屈だ。
例え世論が政権にとって不利な状況に在っても、衆院選であれば「解散」という切り札で調整出来る余地が在る。昨年の衆院選で岸田首相は、内閣発足間も無いタイミングを狙い、戦後初になる衆議員の任期満了後に投開票日を設定した。一方、解散が無い参院選の日程は、公職選挙法に基づき概ね決まっている。今回は、慣例の日曜実施で考えると7月10日と見られる。
コロナの状況が新たな難局を迎えたり対策を誤ったりすれば国民の信頼は容易に変化する。閣僚や党員の不祥事は野党の厳しい追及の対象になる。菅前政権と同じ道を辿りたくない岸田氏の慎重路線は参院選まで無事に続くだろうか。
LEAVE A REPLY